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#65 Re:cycle 第12話

「何も起きなかったというのは良かったと受け取っていいのかしらね……」


 夏祭りの帰り道、政木先生を見送った俺と有紀奈は駅のホームのベンチに座って雑談という名の反省会をしていた。


「今回に関しては、何か起きるよりは何も起きなかった方が良かったんじゃないか?」


 何かが起こるという事は、少なくとも四人に危険が及ぶか俺達の側に攻撃が来るかのどちらかということになる。


「夏祭りという『ある美漢』の時間軸になかったイベントが発生したにも関わらず、何も起きずに終わったということは未来が大きく変わらずに済んだという証明でもあるしな」


「水族館に早く行ったからといって、遊ぶ回数は過去のあなた達と変わらず増えていないし内容も同じだったみたいだし……」


 有紀奈の言うとおり、水族館へ行ったのが半月ほど早くなったが、結果的に時期こそズレてはいたが過去の俺たちが遊んだ回数や場所は変わりはなかった。何せ十年前の記憶だから俺が覚えている範囲での話だが……。


「未来が変わって夏祭りに来ることになっても何も起こらなかった……。たまたまステラが来なかっただけならいいけど、もし私達が手を加えて未来を変えても、閉じた世界の影響を受けて結果がある程度収束しゅうそくするということなのかしら……」


「有紀奈が学期末に『水族館とか夏祭りとか』っていうワードだけで雅彦が水族館へ早く行く未来に変わり、元の歴史では行ってなかった夏祭りまで行くことになってしまった。仮に結果が収束していたとしても未来を変えることが出来るという証明としては満点の結果だとは思うぞ」


「結果が収束するということは、ステラという脅威きょういを払ったところで本来の四人が死ぬという未来は変えられないということでもあるわ……。ただ、いつそれが収束するかは誰もわからない……それが翌日なのか一年後なのか八十年後なのか――ってところかしらね……」


 駅のホームを見渡すと、お祭り帰りの人たちであふれかえっている。


 俺たちは別に雑談をしているだけで電車に乗るつもりも帰るつもりもないからこの光景を見ても鬱々《うつうつ》とした気分にはならなかった。俺たちは電車に乗ることが目的じゃないからな。


 何故だろう、みんなが電車に乗るという目的で駅にいるからか、電車に乗らずゆっくりしているだけなのに自分が別の時間軸にいることを、ふと思い出してしまった。


「今日以降で例の日までに外出した記憶は……?」


 有紀奈に声をかけられてハッとした。


「あぁ……。毎週末集まっていたが、集まらない日もあったから恐らく五回くらいだろうか。少なくともファミレスやカラオケといったようなちょっとした外出だけで、今回みたいな大きなイベントはなかったはずだ」


「そのちょっとした外出の時に殺されかけたんだから油断は出来ないけど……。ただ、今まで観察してきた感じだと積極的に未来に介入しなければ未来に影響を与えてなさそうなのは救いね……」


「ちょっとした行動が未来を大きく変える――バタフライエフェクトってやつだったか、確かにそれがないってのは俺たちとしては楽だな」


「変えたい未来だけ誘導すれば良いわけだから、何もしなければ四人が死ぬことはない……例の日まで積極的に行動しなければ良いだけ……。まぁ、未来の変わり方ってのはもうすこし見てみたかったけど……」


 有紀奈が皮肉ひにくったみで俺の方を見てくる。


 彼女が俺に協力しているのは単純に四人が死ぬと面白くないからだけだ。


 勝手に俺が味方だと思っているだけだが、別に有紀奈自身はどう思っているのかはわからないし、いつ破綻はたんしてもおかしくない関係だ。


 だから、この笑い顔は酷く恐ろしいものに感じた。


「勘弁してくれよ……」


「ふふっ、勿論もちろん冗談じょうだんよ……。もしかして私が血も涙もない冷血女れいけつおんなだとでも思ってるのかしら……? もしそうならあなたは十年前に死んでたでしょうね……」


「……そうだな、そうだったな。ぐうの音も出ない……」


「有り難く思いなさい……」


 自覚があるのか無いのか、有紀奈は笑えない冗談を言う事が多い気がする。


 俺のほうが圧倒的に立場が低いんだ、言われるこっちの身にもなってもらいたいものだ。パワハラだぞパワハラ。


「単純にこの弱々しい赤い糸の世界が面白いというのもあるし、こんな雑魚みたいな運命力しかないレイラフォードなんて殺す価値もないってのもあるわ……。でも、たまたま拾ってたかだか十年程度の付き合いしかないあなたという存在が気に入ったこともあるわ……」


「捨て犬を拾ったみたいなものか」


「そうね……。そんな所かしら……。あなたといると他の世界では見れないものが見れる、飽き飽きしてた私にはちょうど良い刺激だわ……」


「それならあと少しの間だけ刺激を与えてやるよ、その後にポイ捨てされない程度には頑張らなくちゃな」


 有紀奈は俺の顔を見てフフッと微笑ほほえみを浮かべる。誤解していたというほどではないが、思ったより人間らしい感情があったんだなと十年越しに理解できた気がする。

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