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#62 Re:cycle 第9話

 俺がこの『恨み感』の世界に来て九年が経ったころ、ようやく軽く走ることができるまで回復してきた。


 この数年のリハビリはつらくて仕方なかったが『未来を変える』『みんなを助ける』という気持ちだけで乗り越えてきた。


 とにかく、時間とともに気持ちが凝縮ぎょうしゅくされているのを感じる。きっとユキナのレイラフォードに対する怨恨もこうして形成されてきたものなのだろう。


 俺たちを襲った相手は、ユキナと敵対するレイラの配下はいか、ステラ=ヴェローチェというだったようだ。


 容姿ようしの特徴を聞いたかぎりでは間違いないだろう。その性格も話の通じる相手ではなさそうということもわかった。


 彼女を倒さなければ未来が変わらないというのであれば容赦ようしゃはしない。言うなればポジティブな復讐心ふくしゅうしんだ。


 こういった全ての心境を踏まえてユキナが言うという言葉で形容するのであれば、俺の中にあるのはという感情しか存在していないのかもしれない。


◇ ◇ ◇


 この時代の俺とヒカリは高校一年生、先輩が二年生で、雅彦は中学三年生になっている。このまま未来が変わらなければ雅彦が同じ高校に入学してくるはずだ。


 俺たちは大きく未来を変えてしまうのを避けるために、俺がいた時間軸での出来事をなるべく再現するように心がけた。


 元の時間軸では雅彦の同級生としてユキナがいたから、その未来を変えないためにもユキナが同じ高校へ入学できるよう手続きを進めた。


 そして、大きく未来を変え始めるのは四人が出会った水族館以降にすることとした。


 正確には既に未来が変わってしまっている可能性を考慮こうりょして、高校へ入学したユキナがヒカリと雅彦の交際や水族館へ行くことを促して四人が出会えるようにするところから未来を変え始めることにした。

 あの出会いの場が無ければ全ては始まらないからな。


「高校か……懐かしいわね……。もう何百年前のことかしら……」


 ユキナが用意してくれたアパートの一室で俺とユキナは作戦会議と言う名の雑談をしていた。


 俺はこの部屋を拠点としてリハビリ病院へ通院し、ユキナはこの部屋から定期的にどこかの並行世界へ移動していた。


 外では桜の花びらが舞い散り、一足早い春の訪れを感じる十年目の三月。


 十一月まであと八ヶ月しか時間は残されていない。


「確かユキナは元々ドイツ人と日本人のハーフで、日本の学校に通っていたんだったんだっけ?」


 物の少ないアパートの室内で、壁を背にして座る俺は窓から外を眺めるユキナに向かって声をかけた。


 きっと、出会った頃の俺だったらこんなことは怖くて聞けなかっただろう。


「えぇ……。見た目は殆ど日本人なのにユキナ=ブレメンテって名前は目立って嫌だったわね……」


「ドイツ人の父親は生まれたときから行方知ゆくえしらずって言ってたが、なんでドイツ姓の名前を名乗っていたんだ?」


「書類上の婚姻関係こんいんかんけいが解消されていなかったからというのもあるけど、単純に母が父の姓から変えたがらなかったのよ……。未練がましい女だわ……」


「あぁ……。なるほどな……」


 きっとユキナは母親似なんだろう。


 そうでなければ、何百年という時間をレイラフォードを殺すことだけに費やすことなんて出来やしない。それくらいしつこい女だ、こいつは。


「私は元々目立ちたくないタイプなのよ……。今思えば学校生活するだけなら教師に相談して母親の旧姓きゅうせいに変えてもらうことだって可能だったでしょうけど、当時は無知だったからそこまで頭が回らなかったわ……。やはり知らないということは恥ずべきことね……」


「なるほどな、ところで母の旧姓は何だったんだ?」


篠崎しのざきよ……。母方ははがたの旧姓での名は篠崎有紀奈しのざきゆきな……。まぁ、一度も使ったことがない名前よ……。私をアイしてくれた人が呼んでくれた名もユキナ=ブレメンテだし、何百年もレイラフォードを狩り続ける魔女としての名もユキナ=ブレメンテ……。血塗ちぬられ呪われた名前よ……」


「……だけど、少なくとも『ある美漢』の世界でのお前は篠崎を名乗っていたんだ、何か理由があったのか気まぐれかはわからないが、少なくとも篠崎を名乗らないと未来が変わってしまうんじゃないか? いや、俺がすすめたからっていうのは『ある美漢』の世界ではありえないから、これも既に未来を変えてしまうことになるのか?」


 ユキナは一瞬見下みくだしたような目で俺の方を見るが、笑いを堪えきれないような感じで小さく吹き出すように微笑した。


「そうね、そろそろ小さく未来を変え始めなきゃいけない段階に来ているから悪くない提案ね……。今回はあなたに乗せられてあげるわ……。それじゃあ、私も名前を変えたんだから、あなたも加藤春昭という名前を変えたらどうかしら……? この世界には本物の加藤春昭がいるんだし……」


「確かに、ここにいる加藤春昭はこの『恨み感』の世界では偽物だもんな。うーん、そうだな……」


 新しい名前を考えているつもりが、何故かヒカリの顔が頭に浮かんできた。


 今の俺からしたら十年前の、この時間軸の俺からしたらまさに今頃のヒカリの姿だ。


四季しき……そうだなにしよう。加藤春昭という名前は組み替えると春夏秋冬しゅんかしゅうとうになるんだ。血塗られた魔女のユキナ=ブレメンテが新しく篠崎有紀奈を名乗るなら、俺も加藤春昭であって加藤春昭でない名前にすることにするよ」


「ふふっ、悪くないじゃない……。それじゃあ、改めてよろしく頼むわよ、シキ……」

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