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#43 ある美漢 第22話

 僕、安藤雅彦は覚悟を決めていた。


 気がつけば十月になり、文化祭の当日になっていた。


「それじゃあこれで僕の当番は交代で、あとはよろしくね」


 僕のクラスは高校の近くを流れる川の資料展示というたりさわりないものをしているから、ほとんど訪れる人がいない。


 教室で待機する当番としては楽だけど、殆ど人が来ないというのも時間の進みが遅くてなかなか辛かった。


 僕の担当する時間も終わったので、早速氷川さんのいる美術室に向かった。


「安藤くん、いらっしゃい」


 氷川さんと一緒に平野先輩や他の美術部の人たちが椅子に座って待機していた。


「雅彦くん、やっほー。ヒカリちゃんと一緒に出かけるんだろうけど、折角せっかくだからその前にアタシ達の作品も見ていってよ!」


 平野先輩が美術室の奥まで入ってくるよう手招てまねきをしている。


 言われるがままに先に進むと、僕の背丈せたけほどある大きなキャンバスがあり、そこに青い光を放つ天使が夜空に浮かぶ光る扉を開けようとしている油絵が描かれていた。


「これって……平野先輩の作品ですか……? なんかすご神秘的しんぴてきというか……」


 他の人がどう感じるかはわからないけど、少なくとも僕は心が吸い込まれるようにかれる作品だと感じた。


「うーん、何となく思っていたものはキャンバスに落とし込めたとは思うんだけど、なんか気持ちが半分くらいしか入りきっていないというか……。何か物足りない感じがするんだよねぇ」


「僕にはわからない境地ですね……」


 そして平野先輩の作品のすぐ隣には、一般的なサイズのキャンバスに白く輝く金髪の天使が描かれた作品があった。


「こっちの絵って……」


「お客様、お目が高いですなぁ。そっちはヒカリちゃんの作品だよ」


「えっと……最終的に愛さんとテーマが似ちゃったんだけど、一応なんとか完成までけた感じで……」


 平野先輩の作品を見た後だとどうしても技術的なつたなさを感じてしまうけど、絵画かいがとしては平野先輩の作品が『綺麗きれい』だとしたら、氷川さんの作品は『美しい』といった印象の違いがあった。


「アタシとヒカリちゃんがいつも近い席で描いてたってのもあるかもしれないんだけど、話をしていたら最初から同じイメージが頭に浮かんでいたっぽいんだよね。別に同じものを描いちゃ駄目ってわけじゃないけど、全く同じものはと思って私の方はアレンジをかせたんだけど」


 平野先輩はその後も技術的な説明や解説をわかりやすくしてくれて、普段テンションが高くてふざけている様子と違って物凄くかっこよく見えた。氷川さんが尊敬していると言っているだけのことはあると改めて実感した。


「――って話してる場合じゃなかったね、二人とも一緒に文化祭楽しんで来てよ!」


 そう言いながら平野先輩は僕と氷川さんの背中を押して、美術室から追い出そうとしてきた。


「愛さん、ホント無茶苦茶なんだから」


 氷川さんが苦笑しながら呟いた。



 ――そう、氷川さん。


 氷川さん、氷川さん。うーん……。


 最初に勇気を使ったのが告白する時で、次が最初に遊びに誘った時。


 今までに比べたら大したことでは無いけど、少し前から悩んでいたことを言葉にしようと思っている。


「えっと、氷川さん」


「なに? 安藤くん」


 二人で廊下を歩き、お互いの顔を見ながら会話をする。


「あの……もし氷川さんさえ問題なければ、これからって呼んでもいいですか……?」


 言葉をかけて一瞬は思考停止したようにピタリと立ち止まり、そのまま数秒頭の中で情報を整理しているのか、顔が紅潮こうちょうして声にならない声を出している。


「ひ……ぴぴ……ひか……」


「あー、えっと……やっぱりやめときましょうか……?」


「ち、違うの! ちょっと恥ずかしくて……。だからその……ま、!! の好きな呼び方で大丈夫だから……!」


 その反撃は想定していなかったから、僕もヒカリさんと同じ思考停止におちいってしまった……。


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