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#37 ある美漢 第19話

 俺、加藤春昭かとうはるあきは気がついてしまった。


 俺は開き直って平野先輩ひらのせんぱいとゆっくり水族館を見物しながら進んでいる。


 イルカショーで熱中症のような症状の出ていた平野先輩は、水分をしっかりってすずしい屋内おくないでしばらく休んでいたらかなり回復した様子だった。


 しかし、それでも朝から見ていた先輩とは違い、流石にテンションマックスという感じではなくなっている。


 俺の少し先を進む先輩が展示ごとに止まり、追いついたと思ったらまた先へ。


 そんなことを繰り返していたら、先輩は俺の方を向かず、展示されている生き物を見ながらひとごとのように語り始めた。


「前から君のことはヒカリちゃんから聞いてはいたんだ。それこそ少し前まで毎日のように何かあれば『ハルくん! ハルくん!』ってさ」


 アイツ、そんなに毎日なにを喋っていたんだよ。


「それでいて、恋人との初デートなんていう気まずい場所にまで付き合ってくれるような関係なんて、普通はなかなかいないと思うしね。ヒカリちゃんは本当に良いに巡り会えてたんだねぇ……。ちょっと嫉妬しちゃうなぁー」


 先輩はくるりと振り返り俺の顔を見てにっこりと微笑ほほえむ。


 平野先輩はあゆみを緩やかにし、俺と歩調を合わせてきた。


 水族館の出口が少しずつ近づいてきてしまう……。


 明るく笑っていた平野先輩であったが、隣を歩く先輩の顔を改めて見ると、少しだけ真面目な表情をしていた。


「ヒカリちゃんって、結構自分に自信が無いところがあるでしょ? 相手の事が好きだから迷惑をかけたくない、だけど自分に自信が無くて大事に思っている気持ちを上手く伝えられないとか」


 俺が幼馴染としてヒカリの事を見ていたように、先輩もこの二年でヒカリのことを見てきたのだろう。


「私は十月の文化祭で美術部は引退しちゃうし、どうしてもヒカリちゃんとの関わりは少なくなっちゃう。君だってそうでしょ? いつまでもとしてヒカリちゃんを支えることはできない。だから、私はヒカリちゃんが一人で自信を持てるようになって欲しかったの」


 ヒカリは何人もの人たちに支えられている。


 でも、それは俺や先輩を含め、人生最後まで付き合えるような繋がりではない。


 いつかは必ず終わりが来てしまうものだ。


 だからこそ、ヒカリには終わりのない相手を見つけて欲しいと思っていた。


 そして、っすらとだけど、もしかしたらそれは俺なのかもしれないとずっと思っていた。


 だから、ヒカリが雅彦と付き合うという話を聞いたときは、今日みたいな事に巻き込まれるのが面倒だという気持ちもあったし、祝いたいという喜びやその他もろもろの色々な気持ちが入り混じっていて、複雑な心境であったのも事実だ。


 でも、もうヒカリには雅彦がいる。


 俺が出る幕はきっともうないのだろう。


「今日はね、ヒカリちゃんと歩んでいけるだけの恋人かどうか、それと歩んできた『ハルくん』とやらがどんな人なのかを見に来たんだ。もちろん、二人とも合格も合格、満点だったよ」


 平野先輩が改めて満面の笑みでこちらを向いてくる。


 共感してしまったのか、それとも合格と言われた事に安心をしたのか、俺はいつの間にか表情を和らげてしまっていた。


「そうだ、せっかくだし連絡先を交換しておこうよ。ヒカリちゃん守護騎士団しゅごきしだんとして連携れんけい取らなきゃね」


 そう言って平野先輩はかばんから携帯電話を取り出した。俺も特に断る理由も無かったから、携帯電話を取り出して連絡先を交換した。


「それじゃあ、残り少ない時間かもしれないけど、似た者同士、私達の可愛い娘のヒカリちゃんのフォローをしていこうね」


 似た者同士か……。確かにヒカリという存在を中心に俺や先輩、そして雅彦がかれるように集まった。


 不思議なものだが、まだ出会って数時間しか経っていないのにこの四人がまるでずっと前から仲の良い集まりのような気がしてならない。


 そんなことを考えていたら、いつの間にか水族館の出口まで辿り着いてしまっていた。


 水族館を出ると、そこには俺たちが出てくるのを待つ雅彦とヒカリの姿があった。


 はたから見ると大したこと無いかもしれないが、二人はしっかりと手を繋いで、少し恥ずかしそうにお互い目を合わせずにいた。


「ふふっ、なーんか杞憂きゆうで終わっちゃったかもしれないねぇ。親の心子知らず――とは少し違うかな、今度は私たちが子離れ出来ない親バカにならないように気をつけなくちゃね」


 平野先輩が笑いながらこちらに話しかけてきて、目線があう。


 笑う先輩の口元には八重歯やえばがチラリと見えた。


 今まで気が付かなかったが、平野先輩は笑うと八重歯が出るようだ。


 今日、俺は平野先輩が笑うところを何度もみていたけど、どうやら俺は平野先輩の顔を直視することすらできていなかったのだろう。


 俺はこの瞬間、手を繋いでヒカリの隣にいる雅彦の凄さを身をもって実感することとなってしまった。


 俺はきっと、アイツみたいにすぐには勇気を出せないだろう。

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