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#31 ある美漢 第16話

 俺、加藤春昭かとうはるあき戸惑とまどっていた。


 なんで俺は出会ったばかりの女の先輩と二人で水族館を回っているのだろうか……。


 ヒカリと雅彦まさひこのデートを見守る『保護者』として来たのに、先輩は当然の権利のように水族館を楽しんでいて進みが遅く、早くもヒカリ達とはぐれてしまったし……。


 まぁ、元から二人の邪魔をする気もなかったから丁度良くはあるが……。


「春昭くん! 一大事いちだいじだ! もうすぐイルカショーやるんだって!! 早く席を取りに行かなきゃ!」


「もう完全にヒカリ達の事忘れて、水族館楽しんでますよね」


 イルカショーは始まる十五分前だったが、会場はすでに結構な人数が席に座っていた。


「春昭くん! アタシはダッシュで飲み物買ってくるから、席を二人分取っておいてネ!!」


 平野先輩はそう言い残して走り去ってしまった……。


 仕方ないので中段ちゅうだんくらいのいてるロングシートがあったので、ロングシートの中央部分に座り、荷物を隣に置いて席取りをした。


「おまたっせー! 席取ってくれてありがとぉ。アイスティーとオレンジジュースどっちがいい?」


 平野先輩は少し息を切らしてひたいに汗をかき、両手には大きい紙コップのドリンクを持ってニコニコと微笑ほほえんでいる。ただ、この二択にたくはいささか選択肢が狭すぎる……。


「私はどっちも好きだから、好きな方選んで貰っていいよー」


「じゃあ、アイスティーで……」


 飲み物の代金も払い、特に先輩と喋ることも無いままチビチビとアイスティーを飲みながら時間が少しずつ過ぎていく。

 俺は大変気まずいのだが、平野先輩は無言がにならないタイプの人なのだろうか。


「結構、人増えて来ましたね……」


 何か普段と違う特別な演目があるのか、それとも時期的に夏休みだからいつもこれくらい人が多いのかわからないが、座っているロングシートは明らかに本来想定された以上の人数を乗せていた。


 会場は超満員で、俺と平野先輩も少しずつ奥へ奥へと押し込められ、隣の人――具体的に言えば右隣の子連れのおじさんと左隣の平野先輩と密着みっちゃくする状態になってしまった。


「いやぁ、ちょっと狭くなっちゃったねぇ……。ごめんね」


 超満員のすし詰め状態になり、自分が誘ったことに申し訳無さを感じているのか、今日ずっと見てきたテンション高い平野先輩とは違って、微笑ほほえんではいるものの物凄くしおらしい物言いだった。


「これくらいなら余裕ですよ」


「ありがとう、そう言って貰えると助かるよぉ。まぁ、袖振そでふうも多生たしょうえんって言うし、知り合って数時間でこれだけくっついちゃったんだから、君とは相当な縁があるみたいだねぇ」


 袖振り合うどころか、今日は最初から全力タックルを受けている気がするのだが……。


 そんな平野先輩は人の気を知ってか知らでか、今も満面の笑みを浮かべている。本当に罪深い人だ。

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