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第4話 裏の姿


「どうしたの? そんな怖い顔して」

「花崎の恐ろしさを思い出してたんだよ」

「それは光栄だね」


 革靴に履き替えると、花崎が俺の隣に立った。

 あの時とは違った甘い匂いが鼻を抜ける。意識して見たことなかったが、彼女の身長は165センチぐらいだろうか。そのスタイルの良さから男子生徒はチラチラと視線を送っている。隣に俺がいるって気づいているヤツが何人いるか数えたいぐらいだ。


「ねえ松澤君、このあと暇なんでしょ?」


 いちいち俺を見下した言い方をする。ワザとか? やっぱワザとだよな?

 だが一つ違うと言えば、俺も言い返せるようになったことだ。


「どうせ俺は暇ですよ。悪かったな」

「せっかくなら晩御飯食べて帰らない?」


 予期せぬ提案に、下駄箱を出た足を止めてしまった。


「なんかたくらんでるな?」

「ひど! 打ち上げだよ打ち上げ」

「打ち上げ?」

「そう。依頼成功のさ、二人でお祝いしようよ」


 さっきよりも夕陽が沈んでしまったせいか、花崎の表情が少し見えづらかった。

 打ち上げねぇ。断る理由はないけれど、受け入れる理由もまた無い。正直リアクションに困ってしまった。


「家の人、心配するんじゃないか?」

「いやいやファミレスでご飯食べるだけだし。それとも何? があるのかな?」

「何もないし、俺を性欲の権化ごんげみたいに言わないでくれ」


 花崎は「あはは」と快活に笑う。俺にそんな気がないことを分かった上で言っているのだ。下ネタ系の話にも抵抗はないらしい。そうじゃないと初恋相談所なんてやってられないか。


「高校生なんてみんなそうでしょ。あなたが変わってるだけ」

「そうかもな」

「否定はしないんだ?」

「お前もよく分かってるだろ。だから俺に声掛けたんじゃないのか?」


 すぐ近くにあるグラウンドから、爽やかな声がよく聞こえる。

 約1カ月前だって、オカルト研究会なんてメッキはすぐに剥がれた。今の部室、いわゆる呪いの部屋に呼ばれた俺は、コイツから初恋相談所の話を聞いた。

 正直、馬鹿らしいと思った。そんなことに協力する必要性も感じられなかった。でもコイツは本気だった。は必ず役に立つと褒めてきた。全然嬉しくなかったけど。


「まあね。私の狙い、ばっちりハマったよ」

「存在感無くて悪かったな」

「冗談抜きで探偵とか向いてると思うよ」

「……参考にするよ」


 田中の依頼をこなしていた時を思い出した。ターゲットである橋本愛菜と関係を構築していく際、花崎の命令で一度だけ尾行する羽目になった。

 その時はお互い顔見知りだし、流石に下手打てばバレると思った。けど結果は――全くバレず。後ろを振り向かれることすら無かった。

 というか、俺は探偵でもなんでもない。尾行と言えばカッコ良いが、実際のところはストーキングである。正直やってる側としては良い気持ちはしない。できればもうやりたくない。


「尾行のこと思い出してた?」

「……まあ。よく分かるな」

「言っておくけど、松澤君めっちゃ分かりやすいよ?」

「そうか?」

「うん。マジで」


 花崎は断言する。だが確かに、ここまで誰かと話し込んだり定期的に会うことはなかった。そのせいで、周りの目というものを気にしたことがあまり無かったのが本音だ。


ターゲット橋本愛菜は分かってたと思う」

「なにを?」

「あなたの告白がだってこと」


 正門まで歩みを進めていたが、思わず立ち止まってしまう。下駄箱以来2度目である。


「本人から聞いたのか?」

「いや、勘だよ」

「棒読みだったとは思わないけど」

「セリフはキザ過ぎたけど、割と自然だったね」

「それなのにって?」

「気づかれてはないと思うけど」


 いまいち会話が噛み合っていない。

 一旦咳払いをしてリズムをリセットする。花崎の言葉を噛み砕く。俺の告白自体は嘘だとバレているが、初恋相談所の依頼であることはバレていない、ということか。


 陸上部の掛け声だけが響く。花崎の視線はまっすぐ俺の目を捉えている。その大きくて綺麗な瞳に吸い込まれそうだった。


「勘の良い子だったら、疑われてたかもね」

「でも今回は上手くいった。偶然にも」

「そういうこと。個人的には紙一重だったと思う」


 俺だって、ここまで上手くいくとは思わなかった。今でも奇跡だと思っている。

 あの日、橋本愛菜に告白するのは花崎からの指示で決まっていた。毎日メッセージのやり取りをして、毎週末は必ず会うようにしていた。他校の後輩であることを考えても、好きになっても不思議じゃない環境を整えた。


「こんなんでやっていけるのか? いや、いけないな」

「ダサい自問自答はしないでよ。反省は次に生かすためにあるんだから」

「前向きだな」

「結果的には上手くいったんだから。松澤君のお手柄だよー」


 彼女は俺の左肩をパンパンと叩いてみせる。結構な力具合で普通に痛かった。


「ほら、打ち上げ行こ。もう少し話したいし」

「えぇー……」

「そんな顔しないでよ。私とできるんだからもっと喜ばないと」

「俺もそんな自己肯定感が高い人生を歩んでみたかったよ」

「……嫌味にしか聞こえないんだけど?」

「そうか?」


 多分だけど、花崎と二人で飯に行くなんてクラスメイトの男子に言えば、きっと大盛り上がりだろうな。それぐらいの存在なんだ。花崎歌琳という人間は。

 ここから最寄りのファミレスは清流沢高校生の溜まり場になっている。正直そこには行きたくない。花崎とふたりきりだなんて、あらぬ噂を立てられるかもしれないし。


「喫茶店の方が落ち着くかな?」

「……また顔に出てたか?」

「あはは。うん。本当、分かりやすい」


 手で口元を覆い隠すが、彼女は俺の顔を指を指してクスクス笑う。相変わらずムカつくが、偽告白を笑われた時みたいな嫌味がなかった。


「松澤君ってさ」

「なんだよ」

「話してみると普通だよね」


 唐突な発言。褒めているのかけなしているのか分からない。なんとなく後者な気がする。


「嫌味返しか?」

「違うってば。ていうか、やっぱりさっきの嫌味だったんだね」


 失言だったか。でもまあ仕方ない。ここで誤魔化すことも面倒だし。花崎もその辺分かってるだろうから別に良い。


「……まあ普通に話すのは話すよ」

「それがびっくり。私、てっきりコミュ症かと思ってたから」

「普通に悪口じゃねえか」

「ごめんごめん。でも本当のことだし」


 花崎が言わんとすることは理解出来る。

 あくまで一般論なら、俺みたいなヤツはまともにコミュニケーションが出来ない人種だと思われている。

 人付き合いは確かに苦手だが、これでも周りの空気は読める方だと自負している。下手打って嫌われたりすれば、その場に居づらくなる。当たり障りのない会話ぐらいは自然に出来るようにしていた。


「仲良くなれば軽口も叩いてくれるし」

「これで仲良くなったと思ってる?」

「え、違うの?」


 彼女はあざとく顔を覗き込んでくる。ここで『違う』と言い切ればどんな反応が返ってくるのだろうか。気になる。けれど――。


「まあ……」

「なんか歯切れ悪いなぁ。ま、良いけどね」


 なぜか、空気を読んでしまった。ここでの否定は何というか……いつもの軽口とは違った気がして。

 夕焼けは先ほどよりも深く沈んでいる。やがて空は暗く染まるだろう。

 それなのに、俺の目の前に立っているこの少女は、この少女の周りだけは、妙に明るく見えた。


「花崎はさ」

「ん?」

「――初恋は終わったのか?」


 ふとした疑問のつもりだった。深い意味はない。

 だけど考えてみれば、至極真っ当な疑問だった。相談所の所長が初恋を終わらせているわけがない、なんていう先入観。それが急に、彼女の後ろ姿を見ていると頭に浮かんだのだ。

 十秒もない。そんな沈黙の後に、彼女は振り返ってみせた。


「ナイショだよ」


 太陽が沈みかけているせいで、やっぱりその表情は分からなかった。

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