「そうね、どうもありがとうアシャンティ」
「まぁこのアーシェ様にかかればこれぐらい簡単ってことだよ」
「今のが無ければ100点満点だったな〜」
ギルドは喧騒を取り戻していた。聖愛はメイリーが帰ってくるのを待っていたが、未だに至る所から男達の視線を感じて、それが段々疎ましくなる。アシャンティは注目されることに慣れているのか、全く気にした様子も無い。聖愛は内心肩を竦めて、頭の中でカードを捲った。
その時ふいに、聖愛は見知った顔がギルドに居ることに気付く。
「アンドレイ。ヴィクトルも」
「おっ、気付いたかユメミタ」
「アナタ達の所属してるギルドってここだったのね」
「この街にゃここしか冒険者ギルドは無ぇよ。それよりウエイターになるんだって?」
「そうなの、雇ってもらえそうだから」
「いいんじゃねぇか? お前みたいなタイプなら続けられると思うぞ」
「あらありがとう。そう言ってもらえると自信がつくわ」
長机に座るヴィクトルは饒舌だったが、アンドレイは目を合わせようともしなかった。まるで聖愛がこの場に存在していないかのような無視の仕方に、内心苦笑する。
まぁいいかと振り返れば、丁度メイリーが羊皮紙を持ってきたところだった。
「これが契約書で、ここに名前書くの」
「労働時間とか賃金に対する記載が無いけど、その辺どうなってるの?」
「出勤名簿にサインして出勤。お金は毎日退勤の時に貰える。労働時間とかは特に無くて、一時間働くと3000
「なるほど、時給制なのね。シフト——あー、出勤日とかの決まりは?」
「無いよ。来れる時に来れる人が来るの。一人しか居ない時とかは大忙し。でもその分多めにチップ貰えるから悪いことばかりじゃないよ」
「いいわね、理想的な職場だわ。ペンを貸してもらえる?」
「はい」
ペンは頭上から差し出された。上を見上げれば、背後に聖愛を見下ろす背の高い青年がいる。先程リーロンの近くのソファーに座っていた二人組の片方だ。
「……あら、ありがとう」
「どういたしまして。サインするんでしょ? しなよ」
聖愛は目を細め、万年筆を受け取るとキャップを外した。そしてサラサラと自分の名前を記入すると、「どうもありがとう」とペンを返す。しかしそれを青年は受け取ろうとせず、ジッと羊皮紙を眺めた。
「へぇ、ユメミタ・マリアね……マリアちゃんだ」
「そういうアナタは?」
「俺はアイン。アイン=ヴァリアルテ。あっちに座ってるのは弟のツヴァイ=ヴァリアルテ。兄弟共々、これからよろしくね」
「えぇ、よろしくする気があるのならよろしくね。万年筆、ありがとう」
「それあげるよ。他人が使ったペンとか俺生理的に無理」
ケラケラとアインが笑う。聖愛はニタリと笑うと、「嘘つきね」とアインの唇を撫でた。無警戒に顔を触らせるのは、聖愛を格下の相手と見下しているから。何をされてもやり返せると知っているから。その舐め腐った態度に聖愛はただ笑みを返す。舐められたって構わない、少なくとも聖愛は、殺し合いならこの男に負けない自信があった。それは全くの実践を伴わない自信だが、この男から命を奪う手段は数多に存在する。それが聖愛に余裕を与えた。
「兄貴、いつまでそいつに構ってんの?」
「ごっめ〜んツヴァイ、寂しかった?」
「キモッ、そうじゃなくて、そんな女構う必要無ぇじゃん。どうせ一日で辞めるよ」
「それもそうな〜」
聖愛は依然笑みを浮かべていた。アインがそれを鼻で笑う。
「お前、気持ち悪いね。サキュバスみたい」
「アナタは胡散臭いね。インキュバスみたい」
聖愛のレスポンスに、ツヴァイがブッと飲んでいた酒を吹き出す。ゴホゴホと咳払いをして笑いを誤魔化しているようだが、アインに「ツヴァイ〜?」と名を呼ばれ身を固くしていた。
「ちり紙みてぇに女をヤリ捨てしてることバレてんぞアイン」
「え〜心外だわ〜」
リーロンも愉快そうに肩を揺らし、何故かアインも愉快そうである。聖愛はといえば既にアインから興味を失い、メイリーに「これで明日から仕事に来ていいの?」と問う。同時に女の子の前でする口喧嘩じゃ無かったなと少し反省した。実際メイリーはちょっと聖愛に対して引いていた。