アシャンティは聖愛を抱えたまま扉を押し開いたようで、ギィッと木の軋む音がする。喧騒が騒がしさを増した。
「えこの状態で入るの? 普通に下ろして??」
「ルカ〜!! 居る〜?」
聖愛の声を見事に無視してギルドの中に入ったアシャンティは、誰かの名を呼んだ。ギルドの中ではガタガタと椅子から立ち上がる音がして騒がしい。
「「「お疲れ様です!!」」」
「おー。
なぁそこのお前。ルカ見なかった?」
「ルカさんなら丁度アーシェさん探しに街に降りていきましたけど……会いませんでしたか?」
「まじで? すれ違いじゃん……マリアがちんたら歩いてるからだよ」
「だから、置いていきたかったら置いていけって言ったじゃんアタシ。ていうか下ろしてくれない? アタシの視界
「あ、忘れてた」
「忘れないでよ……」
そこでやっと降ろされた聖愛は、ギョッとしてたじろいだ。ギルドの男達が立ち上がり、90度に腰を折ってアシャンティに頭を下げていたから。奥の方では普通に喋って飲んでをしている者も居るが、少なくともアシャンティの傍には頭を下げた男しかいない。
「な、なにこれ……」
「あ、マリア見るの初めてか。気にしなくていいよ」
「アナタってここだと偉い人なの?」
「まぁね。俺って最強だから」
「はいはい、そういうのいいから」
聖愛は苦笑したが、強烈な視線を感じ顔を上げた。そちらを見れば、赤いソファーに座った銀髪の美しい男がこちらを物言いたげに見てる。その周囲には男達が控えており、なんとなく、ギルド内にも派閥とヒエラルキーがあるのだろうなと言うことを察する。
「……アシャンティ、あの人誰?」
「あいつ? あいつはリーロン。クソ生意気な俺の二番目の兄貴」
「へぇ……」
小声でヒソヒソとやり取りをする。コンッと音を立て、リーロンと名を教えられた男がテーブルにグラスを置いた。
「昼間っから女連れか? アーシェ」
「テメェに関係ある? リーロン。
マリア、こっち」
アシャンティはリーロンの声にそれだけ返して、聖愛を奥にあるカウンターの方に連れて行く。すると必然的にリーロン達との距離が近くなり、聖愛は視線が突き刺さるのを感じた。
値踏みされていると、考えなくてもわかる。オーディションで審査員から向けられる視線とよく似ている。その視線を受けると、自然と背筋が伸びる。一挙一動に神経を張る、己を有利にするために。
「アーシェ帰ってきたの?」
「あ、メイリー、丁度いいところに。
こいつはメイリー。俺の妹。
メイリー、こいつマリア。無職なんだって、雇ってやってよ」
「ちょ、アーシェ!
ごめんね、アーシェが無神経で……」
「気にしないで。無職なのも職探しに来たのも本当だから」
アシャンティの物言いに慌てるメイリーに、聖愛は笑みを向ける。そして聖愛は、ワンピースのスカートを持ち上げ優雅に会釈をすると、飛び切りの笑顔を作った。
「はじめまして、梦視侘聖愛と申します。アシャンティに仕事を探していると話したらここに連れて来てもらいました。アタシは、雇ってもらえるのでしょうか」
「……!
あ、えっと、勿論! ギルドの酒場って、入っても辞めちゃう子が殆どだからいつでも大歓迎!
ウチが取り仕切ってる訳じゃないから、確定とは言えないけど……名前さえかければ雇用される職場だよ、ぶっちゃけ」
「可愛いぶっちゃけをありがとうお嬢さん。じゃあそのぶっちゃけを信じてサインしちゃおうかしら」
聖愛がおどけたように言えば、メイリーは楽しそうにクスクスと笑う。
「ちょっと待ってて! 雇用契約書持ってきちゃうよ!」
「あらいいの?」
「いいっていいって! ダメだったらウチが怒られるからさ!」
彼女はそう言うと、ピュッと厨房の方に消えていった。聖愛の隣でアシャンティが、「なっ? ギルドに来たら解決したろ?」と得意顔で言う。