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Ⅴ話:全力ダッシュは突然に

「ありがとう、楽しみよ。

 あのロータリーに停まってる馬車が今日貸してもらった馬車だから、あれに乗って先に帰ってね。

 アーチボルド、メリーが無事家に帰れるように送ってあげて」


「お前から離れたらモンタに殺されんだけど」


「暗殺者の二段構えなんてしてないわよ、アタシはもう安全。少なくとも今日はね。危ないのはメリンダの方。

 じゃあよろしくね」


 聖愛は馬車の所まで歩いて行き、メリンダが馬車に乗れるように見様見真似でエスコートした。恐る恐る聖愛の手を取ったメリンダは、明らかに慣れていない様子で馬車に乗り込み、落ち着かなさそうにしている。一人で帰すのは可哀想だと思いつつ、ハローワークをするのにメリンダを連れて行くのは忍びないので先に帰ってもらう意志を固くして、アーチボルドに引率をお願いした。


「また後でね〜」


 ヒラヒラと手を振り、馬車を見送る。その後ろ姿が見えなくなった時、ふいに肩を組まれてバランスを崩した。見れば金髪の少年が、少し不満気な顔で聖愛を至近距離で見ている。


「アナタは……アシャンティ、だっけ?」


「酷ぇじゃん話してる途中に居なくなるとか」


「アナタがアンドレイと話し始めたからもう会話が終わったと思ったの。

 ……アンドレイは?」


「『契約時間は終わったからギルドに帰る』とか言ってた」


「あぁなるほど……メリーがアタシを刺すまでアタシを監視しておくのが仕事だったわけか……で、仕事終わったから即帰宅と。犬かな?」


「犬だろ、あいつは」


 聖愛は苦笑した。どれだけアンドレイは聖愛から離れたかったのだろうか。それとも単純に契約以外の仕事をしたくないタイプなのだろうか。


 だが来る者拒まず去る者追わず、聖愛は気持ちを切り替えて、肩を組まれている現状からやんわりと彼の腕から抜ける。


「アシャンティは、どうしてアタシを追いかけてきたの?」


「話の途中だって言ったじゃん」


「あぁそうだった。話って?」


「ダチになったんだし、互いのことをもっと知るべきじゃね? それに最近越してきたんだろ? 折角だし、今日は俺が街を案内してやるよ」


「あっあー……ごめんねアシャンティ。アタシ今職探し中なの」


「なんで?」


「無職だから」


「親は?」


「縁切られた」


 言いながら、聖愛は繁華街の方へと歩いて行く。アシャンティは隣を歩き、「あっさりしてんね」と面白がっている。


「ねぇ、アシャンティは職業斡旋所とか知らない?」


「うーん……あ、じゃあ簡単だ。ギルドに来いよ! マリア」


「……なんで? って、ちょっと!!」


 突如走り出したアシャンティに手を引かれ、聖愛はドタドタと走り出す。彼の走るスピードはとても早く、また他人と手を繋いで走ることの動きにくさに聖愛は「待って! ねぇ待ってよ!」と何度も訴えた。帽子が飛んでいかないように抑えているのも、姿勢として大変だった。


「こっち!」


「そっち木!!」


「大丈夫! こっちが近道だから!」


「待って!? どうやって……嘘でしょ!?」


 突然猿のように跳躍し木の枝に着地して再び跳びと通路をショートカットしていくアシャンティに、聖愛は目を見開いて驚く。だがマリア・ギルベルタ・ソフィー=レヴァンタールの元々の運動能力が高いのか、引っ張られるまま跳べばその跳躍についていけた。おかしいな、公爵令嬢だったはずなんだけど。この世界の人間は皆身体の基礎運動能力が高いのだろうか。とはいえ、そろそろ身体が限界だ。


「待てって、言ってんでしょっ!!!」


 いい加減息が切れて、聖愛は足を突っ張りアシャンティの手を引っ張る。結局引っ張り負けて聖愛は顔面から地面にダイブした。


「マリアっ!?」


 驚いたアシャンティが、やっと足を止める。いつの間にか石畳の平らな街の道路から上方向に斜面のある未舗装路に変わり、起き上がりざまに振り返れば随分遠くまで走ってきたことが分かる。

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