「アンドレイ、テメェは何してたんだよ」
「テメェには関係ねぇだろ」
「目の前で女が刺されてるのに棒立ちしやがって。ギルドの恥になるようなことしてるんじゃねぇよ」
「なんでテメェに指図されなきゃいけねぇんだ? いつから偉くなったんだよ〈魔眼のアーシェ〉さんよォ」
なんで喧嘩してるんだコイツ等と聖愛は首を傾げるが、まぁいいかとそれを放置して市場の方に歩き出す。アーチボルドもそれに着いて歩き出した。
「ねぇアナタ、名前は?」
「……」
「あー、じゃあアタシがつけていい?」
「……貴女が望むなら」
「じゃあメリンダね。アタシはメリーって呼ぶから」
「……メリンダ」
「そう、“メリンダ”。ねぇメリーは何が好き? 料理はできる?」
「簡単な、ものなら……」
「なら今日から夕食を作ってくれる? この市場で夕食の食材を買って、アタシとアナタの分の食事を作るの。
返事は?」
「……はい、マリア様」
「“聖愛”でいいよ、敬称はいらない」
市場には野菜や果物だけではなく、新鮮な野菜が多く並んでいた。メリンダと名をつけた少女は聖愛の顔色を伺いながら、強張った身体で魚を見つめる。そして手早く一尾の魚を手に取ると、これを買いたいと聖愛に視線を送る。
「おっ、良い目をしてるね嬢ちゃん! 一番新鮮なやつだよそりゃ」
「……ありがとうございます……これ購入したいのですが、マリア様……」
「“様”はいいって……おじさま、これおいくら?」
「1200
「嘘つき」
メリンダが呟く。キッと店主を睨んだメリンダに気圧されて、店主は口の端をヒクつかせた。
「あー……本当は、おいくら?」
「きゅ、900
「じゃあその値段で」
1万
「良いお魚買えて良かったわね」
「はい、マリア様。本日の夕飯はお口に合う様に全力を尽くします」
「だから、そんな畏まらなくていいんだって……」
聖愛はやれやれと肩を竦める。これは多分、言っても直らないだろうなと殆ど諦めていた。アーチボルドは一歩後ろに下がった所で一連のことを見ていて笑っていた。
「じゃあメリー、先に屋敷に戻って夕食を作っていて。小屋の鍵はこれね」
「! マリア様は……?」
「アタシはもう少し街に残って働き口を探すわ。アタシ達が生きていくために、お金はいくらあっても足りないから」
「それなら、私が昼は働きに出て夜にマリア様のお世話をさせていただけば……!」
「家のことをしてくれるだけで充分よ。働きに出たいなら勿論止めないけど、そのお金はメリー自身のために使うべき。でもアタシはメリーの雇い主なので、少なくともメリーのお給金は払えないといけないのです」
「でしょ?」と小首を傾げれば、メリンダは反論の言葉を探して俯く。
「美味しい夕食期待してるね。ダメ?」
その顔を覗き込み甘えるように囁けば、「……必ず、美味しいものを」とメリンダは約束してくれる。