「アーチボルド、離してあげて」
「いいのか? 今度こそ殺されるかもしれねぇぞ?」
「その子はもう殺せないわ。アタシにナイフを向けられない。
ねぇ? そうでしょう?」
聖愛はニコリと笑う。女はギュッと心臓の辺りを握り締めると、「ぁ、ぁ……」と意味の無い言葉を呟く。
「……帰れない……もう、帰れない……」
「……」
「失敗した……失敗したら、帰る場所が無いのに……」
ポロポロと涙を零す女に、聖愛はふむと顎に手を当て首を傾げる。
「なら、アタシの家に来る?」
「あ゙?」
「まぁ聴いてよアーチボルド。
ねぇ、帰る場所が無いならアタシのお家においで。
アタシはアナタを鞭で打ったりしない。襤褸な小屋だけど、雨風は凌げるよ。アナタはアタシの代わりに家事をしてくれればいつまでも居ていい」
聖愛は女の前に膝をつき、涙を拭ってやる。女はよく見れば聖愛より少し歳上くらいの年齢の少女で、聖愛は優しくその身体を抱きしめる。
「アタシがアナタの居場所になってあげる。アタシは聖愛。夢に夢見る
少女の手が、聖愛に恐る恐る回った。聖愛の胸に顔を埋めて泣く少女を、聖愛はただ頭を撫でて慈しんだ。
人々が、徐々に日常に帰るために動き出した。聖愛は少女を立たせると、共に行こうと手を取る。少女はそれに逆らわなかった。この手を離したら迷子になってしまうと危機感を抱く子供のように、ギュッと手を握っていた。{
「——度胸あるな、お前」
突然、第三者の声が聖愛に掛けられた。聖愛は顔を上げ、声のした方を振り返る。
そこには金髪の少年がいた。悠然とした態度でそこに立ち、一歩、また一歩と此方へ歩いてくる。そのオーラに、聖愛は気圧されそうになった。だがしゃなりと背筋を伸ばし目を逸らすことなく、彼を迎え撃つ。
「俺の事、怖くないんだ。やっぱ度胸あるよ、お前」
「ご要件は?」
「なんか騒ぎが起こってたから見てたら、お前が面白いことしてたからさ。俺は——俺はアシャンティ」
「そう、アシャンティ。アタシは聖愛。梦視侘聖愛よ」
「ユメミタ・マリアね。マリアがファーストネームだよな? よろしくマリア。
マリアは最近この街に引っ越してきたの?」
「ええ、最近あの森の中の小屋に引っ越してきたの。アナタは?」
「俺はこの街の冒険者ギルドに籍を置いてるからさ、ここによく立ち寄るよ。
マリア、気に入った。俺達今日からダチ、なっ?」
「アナタが優しい人ならね」
ニコニコと笑いかけてくるアシャンティに、聖愛もニコリと笑みを返す。しかし「で?」と急に雰囲気を怒りに変えたアシャンティに、聖愛は思わず半歩後ろに下がった。しかし彼の怒りの矛先は聖愛では無い。聖愛の後方でただこの光景を見ているアンドレイにだった。