「♬〜」
頭の中に詰め込まれた情報が整理され、やっと晴れやかな気持ちになれた。歌すら歌い出したい気分だ。
「♬夢は祈るもの 胸の中に 輝く未来の カードが舞う
♬いつかは必ず 涙も乾く
♬だから夜を待つの 蝶に羽ばたき
♬アタシは夢見たプリンセス」
「♬LaLa Lu LaLa La」とステップを踏んで、聖愛は目を細める。頬を撫でる潮風が気持ちいい。今日はきっと、良い日になる。
しかし、良い気分は長く続かない。聖愛のハイテンションは、どこからか聞こえてきた悲鳴によって打ち切りとなる。そちらを見れば、此方へと駆け寄ってくる女がいる。その女の手にはナイフが握られており、ナイフの切っ先は一直線に聖愛の腹へと突き刺さった。
「マリアっ!!」
アーチボルドが叫ぶ。駆け寄ってくる足音。聖愛は横目にアンドレイを振り返った。アンドレイは顔色一つ変えること無く、こうなることが分かっていたかのように目の前の光景を見ている。
嗚呼、エラの差し金なのね。聖愛は内心頷いて、ローブで顔を隠した女を再び見る。切迫した顔は半分が切り刻まれていて痛々しい、脅されているのかしら。
きっとどこかでエラはこれを見ている。聖愛が死に逝く場面を見て愉悦を覚えるのだろう。
「……ふふっ」
思わず笑い声が零れた。
嗚呼、嗚呼! 何たる僥倖! 聖愛は目の前でアーチボルドによって取り押さえられる女を見てニンマリと笑う。
「——“おはよう”……“インストール:{
聖愛の容姿が変わっていく。{
聖愛は見せつけるように腹からゆっくりナイフを引き抜くと、その傷口から神々しい炎が零れ傷が塞がっていく。そして今の事件を目撃し聖愛に集まった注目に答えるように両手を広げた。
「不運にもこの場に居合わせてしまった紳士並びに淑女の皆様! ショッキングなシーンを見せてしまって大変申し訳ございません!
ご覧の通り
声を張り上げ、まるで舞台上から観客へと語りかけるように話し始めた聖愛に、アンドレイが身構えた。そんなアンドレイに「しぃーっ」と黙るように行動を制止して、ナイフの血を払う。そして女のところまで歩いて行くと、アーチボルドに押さえつけられている彼女のローブを捲り上げた。
思った通りだった。その女の腕には無数に打たれた鞭の痕がある。
「手酷い怪我ね。誰にやられたの?」
女は答えない。グッと唇を噛み、下を向いている。沈黙は金、うんうん賢い。
聖愛は気にせず、その女の手にキスをする。するとみるみるうちに彼女の傷にも炎が現れ、消え去る頃には傷が治っていて、それに誰もが驚いた。
「“奇跡”だ……!」
誰かが呟く。聖愛は女のローブのフードを取り払い、そして瞳を真正面から見つめた。顔の傷も、しっかりと治っている。
「まぁ、言わなくていいわ。
罪には問わない。だって誰も怪我をしていないから。でもアナタはご主人様に怒られてしまうわよね。アタシのことを殺せなかったから。
でもね、死んであげられないの。アタシはこれからなの、やっと自由になれたの。
ごめんね、赦してね」
聖愛の言葉に、女は脱力したようだった。もうナイフを握れはしないだろうと、聖愛はナイフを女に返す。