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「——聖愛」
名を呼ばれ、聖愛はハッと飛び起きる。心配そうに様子を伺うモンタの手にゆすられて、眠りから覚醒することが出来たらしい。
「どうした。具合が悪いか?」
「ぁ……えっと、気にしないで……」
頭の中にまだ言葉がぐるぐると回っている。それに目眩がして、聖愛は馬車の革張りのソファーに深く腰かけた。窓に頭を預け、もごもごと口の中で言葉を反芻する。
あのカードは手の中にあった。どうやら自分は膝に置いて眠っていたらしい。聖愛は苦笑して、隠れてため息をつく。
「あとどのぐらいで着く……?」
「もう港だ。どこに行きたい」
「散歩を……したいわ。気晴らしに、ゆっくりと……」
「そうか。俺は一旦屋敷に戻る。帰りのための馬車とアーチボルドは置いていくから、街での護衛はアーチボルドにやらせて帰りは馬車に乗れ、いいな?」
「あぁ、えっと……大丈夫よ、モンタ……帰りはアンドレイの馬に乗せてもらうから……それが無理でも、歩いて帰れるわ……ごめんなさい……少し、少しだけ……悪夢が、まとわりついていて、気分が悪くて……」
「窓を開けよう。新鮮な空気を吸えば少し気分が落ち着くだろうから。
少し眩しいぞ」
モンタはカーテンを開くと、小窓を開く。彼の言うとおり日差しが眩しくて目を細めたが、人の営みの見える港町に聖愛は「わぁ……!」と歓声を上げた。
「すごい、綺麗な街……!」
目を輝かせる聖愛に、モンタが小さく笑う。馬車は程なくして、公園のロータリーで停まった。モンタにエスコートされて馬車を降りたマリアは、キョロキョロと街を見回して「綺麗……!」とまた微笑を浮かべる。
ここで、職を探すのだ。この街で日銭を稼いで生きていくのだ。聖愛は深く頷いて、こんな街なら大歓迎だとあの小屋に追放した人々に感謝すら覚えた。
「聖愛、被れ。熱射病になるぞ」
「そんなにヤワじゃないもん」
聖愛は反論したが、結局モンタに差し出された長唾の帽子を被ることにした。言い争いをしても仕方ないと思ったからである。
「それじゃあ、俺は屋敷に帰る。また会いに行くし定期的にアーチボルドを送るから、必要なものがあればアーチボルドに言いつけてくれ」
「ありがとうモンタ」
モンタは馬に乗り、男衆を引き連れて広場を去っていった。聖愛はそれを見送ってから、水平線へと視線を移す。
帽子のつばを軽く掴み潮風に飛んでいかないようにしながら、聖愛は軽い足取りで街の中を歩き出す。そういえば馬車の中に本を置いてきてしまったと思い出したが、今となっては些細なことだった。呼び戻すための呪文はもう頭の中にある。
知らない街、知らない香り、知らない人々、心が踊る。まるで物語が始まりそうな、そんな予感がする。