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——さぁおいでおいで仔羊さん、手の鳴る方へおいでなさい。
映画館に、アタシは居た。目の前ではお父さんが撮った中で不動の支持を得ている映画が流れている。その中に映る主役はアタシじゃない。アタシが養父に引き取られてからパパの家に生まれたアタシの弟。実の弟だけど、アタシは彼と会話を殆ど交わしたことが無い。アタシは貰えなかったパパからの愛情を一身に受けて成功した弟。養父から虐待まがいの教育を受けて失敗した
あの日、パパがアタシを手放さなければ。
あの日、養父の思惑に気付けば。
あの日、アタシがもっと賢ければ。
あの日、パパが映画よりアタシを取ってくれれば。
無数の
映画が終わった。皆が退出していく。アタシだけ座席に残る。ずっとここに座っていたって、アタシの映画は流れたりしないのに。
帰ろうと、席を立った。
どこに帰るのと、幼き日のアタシが言った。
どこにも帰れないのにと、胸から下が千切れたアタシが嗤った。
どこにも帰れない。ここは楽園じゃない。
涙は乾かない。ここは楽園じゃない。
どこにあるの、アタシの楽園は。アタシはどこに帰ればいい。暗夜行路を進むための標はどこにあるの。
映画のスクリーンがふと灯った。驚いてそちらを見れば、映画が映されている。アタシが、スクリーンに映っている。
嗚呼、惨めだ。この気持ちがアンタにわかるか?
嗚呼、虚しい。夢で己を慰めるなんて、自慰と一緒だ。
——さぁおいでおいで仔羊さん、手の鳴る方へおいでなさい。
スクリーンの中のアタシは強かった。あの本の中のカードを使って、戦っている。
瞬間頭の中に、濁流のように知識が流れ込んでくる。カードの使い方がまるで昔から使っていたかのように分かる。
思わず乾いた笑い声が零れた。首をギュッと絞められているような気持ちがした。吐瀉物で喉が詰まって死んでしまいそうだ。
——さぁおいでおいで仔羊さん、手の鳴る方へおいでなさい。
痛いの痛いの飛んでいけ、アタシより幸福なアナタの方へ。そうしてアタシより不幸になってください。
痛いの痛いの飛んでいけ、アタシより善良なアナタの方へ。そうしてアタシより悪者になってください。
——楽園じゃない。ここは楽園ではない
明日は見えない。動き続ける心臓は止まらない。どこにも帰れない。それでも生き続けないといけない。
——楽園じゃない。ここは楽園ではない
涙の乾かない日々は、まだ続く。いずれ楽園に至るまで、涙の乾くことはアタシには無い。