「じゃあ、俺はこれで。また何か買い取って欲しかったらドューシャを通じて俺に連絡くれよ。また来てやるからさ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げる聖愛に、ヴィクトルが苦笑した。
「なんかなぁ……一日二日で人ってこうも変わるもんかね? やりづれぇよ、今のあんた」
「アタシは蛹から蝶になったんです。もう社交界という閉塞的な畑で限られたキャベツを食べる芋虫じゃない。そういう点では、エラちゃんは可哀想ね。アルマーのせいで芋虫にされたんだもの」
聖愛がクスクスと笑えば、ヴィクトルは肩を竦める。何かを言おうとしたようだが、それをやめて荷馬車の屋根に乗るととっとと立ち去ることに決めたようだ。「それじゃあ」と後ろ手に手を振り、またパカラパカラと森の中に消えていった。
「——で? テメェ等はいつまでここに居んだ? とっととお花畑に帰れよ成金共が」
「は? テメェには関係無ェだろ? ギルドの犬風情がよォ」
ヴィクトルの姿が見えなくなったところで、アンドレイがモンタとアーチボルドに向けてメンチを切る。それにアーチボルドが好戦的に乗っかるから、聖愛は慌てて二人の間に入る。
「アンドレイストップ! 二人は食料品がないことを心配して持ってきてくれたの! 優しい人達だよ、だから喧嘩しないで! それともエラ的にこういうのアウトなの?」
「『エラ』『エラ』『エラ』っててめぇもあの女のことばっか呼んでんじゃねぇよ。俺はあんな気持ち悪ぃ女とナカヨシじゃねぇんだよ。ここに居るのはただ金払われて依頼されたからだっての」
聖愛の頭をガッと掴み凄むアンドレイに、聖愛は苦笑する。
「そうなのね、ごめんなさい。記憶も曖昧だし、先行きも不安だし、今ある情報から色々推察してやっていかないとだから勘違いしちゃった。嫌なことを言ってごめんなさいね。でも喧嘩はしないで」
ジッとアンドレイを見上げれば、アンドレイは少し言い淀んでから聖愛を突き飛ばすように頭を放し、ふいと向こうを向いてしまった。聖愛はまた苦笑したが、アーチボルドにも「喧嘩しないでね」と念を押す。
「聖愛、俺達は屋敷に帰るが、お前はどうする? 【潮凪の港】に行くなら、お前を馬車で送って行けるが」
「! 行きたいわ!
行ってもいい? アンドレイ」
「……好きにしろよ」
アンドレイの承諾が降りたので、聖愛はモンタのお言葉に甘えることにした。
「折角だし着替えて化粧をしてから行こう。支度の手伝いができる下女は連れてきていないんだが、一人でできるか?」
「えぇ大丈夫よ、安心して。
すぐ着替えるからちょっと待っててね」
聖愛は言うが早くクローゼットを開いて服を一着取り出すと、パーテーションの奥へと隠れいそいそと着替え始める。選んだのは白のマリンワンピース。この洋服に合わせたサンダルも用意されていた。聖愛は手早く着替え終えると、ドレッサーの前に座る。化粧道具は前時代的なものばかりだが、普段ブラシばかりを愛用している聖愛にとってはこれぐらいが丁度良かった。
化粧をしていれば、そういえばあの本の中のカードはどうしようという疑問を思い出す。カードは倉庫に置きっぱなしだった。あれをモンタに見ておいてもらった方がいいのではないだろうか。うん、きっとそのほうがいい。聖愛は一人頷いて化粧を終えると、倉庫に放置していたカードの入った本を持って、モンタの待つ外へと出た。