「モンタ、これ……」
「お前へのプレゼントだ。今年のプレゼントはまだ渡していなかっただろう?」
「アタシお返しできない!」
「お前が生きていればそれでいい」
断言する彼に、モンタってこんな少年だったっけと聖愛は内心首を傾げる。だが垂らされた蜘蛛の糸にはぶら下がっておきたいので有難くぶら下がることにする。
「……ありがとう。いつかきっと、必ずお礼するから……」
「気にするな。それより、冬をこの小屋で過ごすのは難しいだろう。この森は海風のせいで冷える。雪も降るし、薪を確保するのが大変だ。夏が終わったばかりでまだ温かいが、寒くなるのは一瞬だぞ」
「なるほど、今から備えておいた方がいいね」
聖愛がモンタの話に頷いていれば、パカラパカラとゆったりとした馬の蹄の音がした。外に出て見れば、大きな荷馬車とそれを牽いたペガサス、そして荷馬車の天井に座るアンドレイともう一人、黒髪の男が居る。
「よう、レヴァンタール嬢。あぁいけねぇ、今はもうただの“マリア”か」
「えぇ、レヴァンタールの名は剥奪されたので。爵位もなにも無いただの小娘ですわ。これからは
意地の悪い嫌味に対しにこりと笑い返せば、質屋として連れてこられた男は一瞬瞬いて、次にケラケラと笑いだした。“マリア”だったのなら屈辱に目の前の男を激しく糾弾しただろうが、今の聖愛に貴族としての誇りや矜恃は無いので右から左に流せる。
「なんだなんだ? 随分面白い女じゃねぇか。これならドューシャも、監視してて退屈じゃねぇな」
「そうだといいんですけれどね。
改めまして、聖愛です」
「ヴィクトルだ。ヴィクトル=グルシェンコフ。
それで? 俺に何を買い取らせたいんだ?」
「買い取ってほしいのはドレスです。屋敷からアタシが唯一持ち出せる財産だったので……ドレス丸々じゃなくても、装飾として付いている宝石などだけでも売れないかと思いまして」
聖愛は言いながら、とりあえずヴィクトルを小屋の中に招く。小屋の中にモンタが居ることに気付き、「これはアーフォルンのお坊ちゃん。相変わらずご執心なことで」「何故グルシェンコフ商人がここに? ギルドを解雇されたか?」「お生憎様親友の頼みでね。用があるのはあんたじゃねぇよ」と軽く会話を交わしていたが、聖愛はその間にいそいそとドレスをベッドの上に並べてヴィクトルが品評しやすいようにする。
「お願いしますヴィクトルさん」
「あいよ」
それからヴィクトルは、片目に拡大鏡をはめてドレスをあれこれ見始める。
「アンドレイ、ヴィクトルさんを連れてきてくれてありがとう」
「“ヴィクトル”でいいぜお嬢さん」
「……じゃあ、ヴィクトルを連れてきてくれてありがとう。二人は友達なの?」
「マブだ」
「そっか、すごく仲がいいんだね」
「ドューシャ語録通じるのかよ」
「“マブ”って言ったら“マブダチ”のことでしょ。
というか、エラからこういう勝手な行動は制限するように命令されてないの? 大丈夫?
監視をつけるぐらいだから、アタシが落ちぶれていくのを見たいのかと思ったんだけど……アタシ今のところ超ハッピーなんだけど、これぶち壊されるの?」
「あの女は今アルマーや周囲の男を手玉にとって好き勝手やっているから、お前が多少自由にしてても構っている暇は無いだろう」
アンドレイへの問いを、モンタが答える。あんまりな物言いだと思ったが、アンドレイが否定しないということは事実なのかもしれない。聖愛は苦笑しつつ「エラってモテるのね」と場を繕った。
「終わったぜ」
「! いくらぐらいになりそうですか?」
「六着全部売るなら240万
「じゃあその値段で買取お願いできますか?」
「あいよ。荷馬車から金取ってくるからちょっと待ってろ。ドューシャ、これ荷馬車に運んでおいて」
言われて、アンドレイはドレスを乱暴に掴むとずんずんと荷馬車の方に歩いて行った。先に荷馬車の中に入ったヴィクトルはアタッシュケースくらいの鞄を持ってくるとその中に札束があることを見せ、確認するように聖愛に求める。大金を数えたことがない聖愛の代わりにモンタが金を数え、きっちり240万の紙幣があることを聖愛に教えてくれた。