「——何をやっているんだ?」
続いて小屋に入ってきたのは、眼鏡をかけた少年だった。聖愛と同い年ぐらいに見える。聖愛はもう逃げることに必死になっていて、床を後退りながら敵から目を離さないようにジッと睨む。
「アーチボルド、お前何をした?」
「頭の悪いマリアが思い出せるようにちょーっと荒治療を」
「余計なことしやがって……」
吐き捨てた少年は、優しそうに笑うと聖愛に手を差し出す。聖愛は躊躇ったが、その手を取った。
少年は聖愛を立たせると、「調子はどうだ?」と尋ねる。聖愛が困ったように曖昧に笑えば、「具合は悪そうだな」とベッドに座るよう薦めた。というかこの家にはベッドと書き物机の椅子しか座れるものがないので必然的にベッドに座るしかないのだが。
「俺のことがわかるか?」
「あの……ごめんなさい……」
「気にしなくていい。色々あって記憶が混濁しているんだろう。婚約破棄をされて家紋を追い出されて、怒涛の日々だったからな」
「あはは、本当にね……えっと、名前を訊いても?」
「モンタだ。モンタ=アーフォルン。あっちは俺の側近のアーチボルド=シューブリッジ」
「そう、モンタ……」
モンタ、そういえばそんな少年がいた気がする。いつも本を読んでいて、夜会では早々に壁の華に徹している、印象の薄い少年。“マリア・ギルベルタ・ソフィー=レヴァンタール”と手紙のやり取りを続けていた少年、しかし友人以上の関係では無かったはずだ。そんな少年が、どうしてここに来たのだろう。
「もしかして、“マリア”に会いに来てくれたの……?」
「ああ。食料も無しに家を追い出されたのではないかと思い色々持ってきた。お前の気に入りそうな家具も運んできたから、よかったら使ってくれ」
「そんな! 悪いよ……アタシ、本当に一文無しで……さっきもお風呂で溺れかけたし……倉庫で売れるものがないか探してたら魔法が発動しちゃってこんな格好になるし……今自己肯定感爆下がり中だから……それにね、モンタくん。アタシ、もう“マリア・ギルベルタ・ソフィー=レヴァンタール”じゃないの。今は
「ユメミタ……? 新しくその名を名乗るってことか?」
「そう! 何も出来ない“マリア・ギルベルタ・ソフィー=レヴァンタール”は死んだの! これからは、梦視侘聖愛として一人でなんでも出来るようになるの!
……早速、魔法の解き方が分かってなくて詰んでるけど……」
俯いた聖愛の言葉は、自分が情けなくてしりすぼみになる。だがモンタはそんな聖愛の頬にソッと手を添え持ち上げると、「俯かなくていい」と聖愛の瞳を見つめる。
「呪文を唱えただろう?」
「えっ? あぁ、えっと……えぇ、多分……」
「ならそれと反対になる言葉を言えばいい。そうすれば魔法は解除される」
「……“アンインストール”?」
モンタの言った通りだった。“インストール”の反対は“アンインストール”だよなという安直な思考で、聖愛は魔法を解くことが出来た。自分の白金の髪が戻ってきたことに聖愛は顔を輝かせぴょんぴょんと跳ね回る。
「解けた! 解けたわ! ありがとうモンタ!」
嬉しくて彼の手を強く握れば、モンタはやれやれと言いたげに肩を竦める。
それから、聖愛はモンタが連れて来た男衆が家具を狭い小屋の中に運んでいる間、鞄などの手荷物を持って小屋の外に出ていた。部屋のレイアウトはお任せにしたので、モンタが采配してくれた。
「そういえば、髪の色が違ったのにどうしてアタシが“マリア”だってすぐに分かったの?」
「そりゃお前、そんな奇妙な目してるのはお前だけだからだよ。お前は俺の名前を忘れてたけどな」
「それは……ごめんなさい……」
聖愛の謝罪にアーチボルドは意地悪く笑うと、ポンポンと頭を撫でる。徐々に思い出してきた記憶では、アーチボルドはモンタとマリアを繋ぐ伝令役として度々レヴァンタール家の屋敷を訪れていた者だと認識している。公爵家の娘であるマリアに対して気安い言葉で話しかけてくるこの男を無礼者だと思いつつ、その関係が心地良かったから拒絶しなかったのも記憶の中に残っていた。