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Ⅳ話:これが魔法ってこと……!?

 ハンカチーフをマスク替わりにして、一番踵の低い靴を履き、聖愛は埃っぽい倉庫へと足を踏み入れる。髪の毛は邪魔なのでリボンで結んだ。


 倉庫の中は雑然としていた。見たところ古物などを収納している倉庫のようで、食べ物の類は見当たらない。味噌などがあればいいななどという淡い期待は見事に打ち破られたが、気にせず倉庫の中を進む。


 その途中、本棚を見つけた聖愛はそこで足を止めた。文字は読めるし書ける。貴族でよかったと初めて思った瞬間だった。こういう本の中に初版の本や絶版の本があれば、高く売れるかもしれない。そう思い本棚の本に手を伸ばす。


 その時、なんの予備動作もなくバサッと、足元に一冊の本が落ちてきた。


いったぁ!?」


 その本の角がちょうど足の甲に当たったから、聖愛は痛みに悶絶し蹲る。


「なんだよぉも〜……」


 悲しい気持ちになりながら落ちてきた本を見れば、五芒星の真ん中に血痕の残ったその表紙が独りでに開く。それに驚いたが、この世界には魔法なるあれこれが存在していることを思い出してただその本を眺めた。


「カード……?」


 本の中は頁は無く小物入れのようになっており、その窪みには縦長のカードが収納されている。丁度一万円札と同じぐらいの大きさのそのカードを手に取って眺めてみるが、てんでわからない。カードには動生物のイラストと{矢羽の梟}や{虹色の鳳凰}などの文字が書いてあるが、それ以外の情報は無い。


 その中で聖愛は、{旋律の歌姫}のカードが気になった。髪の毛に当たるであろう部分が五線譜になっているその生物のイラストが可愛らしかったのである。


「——……“インストール:{旋律の歌姫マイメロディ}”」


 呟いて、聖愛は口を押さえた。今、自分はなんと言った?


 口から意図せず自然と出た言葉に、驚かないわけがなかった。だがもっと驚いたのは、呟いた瞬間身体に変化が起こったことだ。白金の髪は緑色に色を変え、纏っていた簡素な寝巻きは黒いパーティードレスへと変わる。聖愛は慌てて倉庫から出て小屋の中にある姿見の前に駆け寄る。


「嘘……姿が変わってる……」


 そこには聖愛の顔はそのままに、洋服と髪の色を変えた少女が居た。これが自分自身でなかった、同一人物だと信じるのは難しいだろう。だが聖愛の蛋白石オパールのような瞳が鏡に映った少女が聖愛であると教えている。


 さっきのカードのせいだと、気付くのは容易かった。これが魔法であるということも考えつくのは早かった。だがどうして自分が魔法が使えるのかが分からずに激しく困惑した。


「ていうか……これ、どうやって戻るの?」


 鏡の前、ひとりきり。聖愛は呆然と立ち尽くすしか出来ない。そんな聖愛の耳に、ノックの音が聞こえたのは随分後の事だった。もうアンドレイが帰ってきたのかと、慌てて「今出る!」と扉を開く。だがそこに居たのはアンドレイではなく、長身痩躯の男だった。


「なんだ、家紋から追放されて大人しくなったかと思ったのに、随分派手に着飾ってるじゃねぇか。相変わらず良い香りだな」


「えっ、と……」


 この男は誰だ。戸惑う聖愛に「忘れるなんて薄情な女だなァ」と男が肩を揺らす。


「っ、嫌……来ないで……!」


 その長い腕が聖愛に伸びてきて、反射的に後退り振り払う。男は眉を顰めると、今度は目にも止まらぬ早さで聖愛の首を掴み、絞めながら聖愛を宙に持ち上げた。


「く、るし……はなし、て……!!」


 目一杯の抵抗として足をバタバタと暴れさせるが、その足が男を蹴ることは無くただ黒色のドレスを揺らすだけになった。酸欠でチカチカとする視界と疑問符で埋め尽くされた脳内に、一筋の光が差し込むようにある情景が浮かぶ。聖愛は男の腕に爪を立てるのをやめ、だらんと脱力すると、三回拍手をした。そのクラップによって生み出された音符が、一直線に男に飛んでいく。男は反射的に聖愛から手を離してそれを避け、床に落とされた聖愛は急に開放された気道でゴホゴホと咳をしながらも酸素を取り入れた。

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