「えっと……アンドレイ、さん……?」
「なんだ? 急に“さん”付けなんて気味が悪い」
「アンタは口が悪いね。まぁその、呼んだだけよ。見苦しいところを見せたわね」
そういえば、自分は裸だった。思い出して、マリアは服を探し古びたクローゼットを開く。しかしそこに服は一着も無く、マリアは首を傾げた。
そこまでして、そういえば片付けが出来ないから旅行鞄の中に詰めっぱなしなことを思い出す。
鞄を開けば、この古びた小屋には到底似合わないドレスが何着も出てきた。よくこれを収納出来たなと感心するほどだ。だがどれも、今のマリアの趣味ではない。
一秒、呼吸を止めて、よしと立ち上がる。
「ねぇアンドレイ、この家に商人さん——質屋?——を呼ぶことは出来ない?」
「質屋を? 何を買う気だ? 金も無いのに」
「だからこのドレスを売るのよ。腕の良い質屋がいいわ。値切ったりしない、ちゃんとした審美眼を持った奴」
黒衣の騎士は兜の下で顔を顰めたようだった。マリアは気にせずに「出来るの? 出来ないの?」と尋ねる。
「……俺のマブに物品の売買を生業にしてる奴がいる。そいつでいいか?」
「えぇ勿論! アナタのマブダチなら信頼出来そうだし!」
ぱぁっと顔を明るくする聖愛に、騎士はまた顔を顰めたようだった。
「それから、その鎧脱いだら? 暑いでしょ。普段はそれ着てないみたいだし」
「……お前、何を企んでる?」
「なぁんにも。一言で言うなら、そう!
マリアは一歩大きく踏み込んで黒衣の騎士に近付くと、その両手を握る。気分が高揚してきた。転生万歳よ、やってやろうじゃないの。あの歌の歌詞にもあった、言うなればこれはそう、少しはまともな何者かになる為の転生だとするのなら。
「約立たずの公爵令嬢は死んだわ! “マリア・ギルベルタ・ソフィー=レヴァンタール”は死んだのよ!
アタシは
騎士の手を取りくるりとターンをして、ベッドに倒れ込むとまだ新品のシーツを身体に纏う。生き抜いてやろうじゃあないか。運命の女神が、マリアが——聖愛が惨めったらしく死ぬのを望んでいたのなら中指を立ててやる。呼吸ぐらい自力でできるのよ、馬鹿にしないでちょうだい。
マリアから聖愛になった少女に、騎士は明らかに困惑していた。だが聖愛は気にせずに、素足でくるりと空中に円を描く。
「質屋さんを呼びに行くの、よろしくね。なるべく早くがいいわ。今すぐでも構わない。早ければ早い方がいい」
「お前が寝入ったら、呼びに行く。俺の仕事はお前の監視だ」
「やっぱり“護衛”じゃなくて“監視”なのね。エラの差し金かしら」
しまったと口元を押さえるアンドレイに、聖愛は笑いかける。
「いいよ、アタシ気にしないから。エラは相当アタシを嫌っているみたいね。でもそれで構わないのよ。それだけの事を“マリア”はしたんだから。
アナタが質屋を呼ばないのなら、アタシがカバンを引っ提げて歩いて街まで行くわ。女の足でも一日歩けば到着できるでしょうし。“監視”ならアナタも歩いて行くことになるけど構わない?」
「……すぐ戻る、逃げようなんて思うなよ」
「よろしく〜。アタシはその間に倉庫で売れそうなものを探しておくわ」
たしかこの小屋には併設された倉庫があったと思い出して、一番質素なドレスを纏いながら小屋を出ていくアンドレイを見送る。後ろが編み上げになっているタイプだったのでその紐を器用にぎゅっと一人で結んでいれば、兜を鬱陶しげに外したアンドレイはまた驚いたような顔をしていたが何も言わずに出て行った。