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Ⅰ話:鰓呼吸は覚えてない







 ハッと気付いた時は、溺れる寸前だった。慌ててバスタブのふちを掴み顔を上げ酸素を確保する。


「し、死ぬかと思った……」


 いや、きっとこのままだったら死んでいた。風呂で寝て生きていられるわけがない。そのまま溺れて終わりだ。


 バスタブのふちに腕をかけ、身体がずり落ちないように正座をする。濡れた白金プラチナの髪が肌に張り付いて気持ちが悪かった。


 そのまま、なんとか立ち上がり風呂を出る。ぽたぽたと水滴が垂れるのも気にせずに、寝室の中の姿見の前にふらふらと姿を現した。


「やばい……ガチでアタシ・・・だ……」


 腰まで伸びた白金プラチナの髪、見る角度によって色を変える蛋白石オパールのような白色の瞳、白い肌に赤い唇、14歳の少女の身体。


 つい先程記憶が戻るまでと全く変わらない、“マリア・ギルベルタ・ソフィー=レヴァンタール”の姿に、思わず苦笑が零れる。


「転生してるよ、アタシ……やばぁい……」


 一人苦笑をして、くしゃみをした。そして身体を拭く必要性を感じて、すごすごと風呂場に帰るのであった。


 身体を拭きながら考える。これまでのことを、そしてこれからのことを。


 マリア・ギルベルタ・ソフィー=レヴァンタール。レヴァンタール公爵家の長女にして末っ子。陶器人形のように愛らしい容姿と小夜啼鳥のように澄んだ声をしている、一見“完璧な”お嬢様。が、その実態は自身の地位にかまけて気に入らない貴族の娘を取り巻きと一緒に虐め、自分の気に食わない侍女がいれば“教育”と称して鞭を打つ。父親も母親もそんな娘に無関心で、それが彼女の我儘を加速させた。


 愛されたい、誰よりも。注目されたい、いつまでも。そうすればきっと、両親は自分を見てくれるかもしれないから。優秀な騎士を多く輩出しているレヴァンタール家にとって女である自分の存在は不要なものであると知っていたからこそ、叱られるのでもいいから両親に自分を見て欲しかった。


 唯一、婚約者であるアルマーの言うことだけは素直に聴いていた彼女だが、そんなアルマーがある日街で偶然出会ったという女に熱を上げたところから歯車が狂い始める。


 その女、名をエラと言うのだが、エラが男爵家の養子に迎えられて社交界入りした時は徹底的に虐めた。純然たる嫉妬、そもそも婚約者を他人に取られるなんてことあってはならない。自分が一番愛されていたい彼女にとってエラの存在は邪魔でしかなかった。


 そんな彼女の転落は、婚約者アルマーの齢20の誕生日のパーティーにて行われる。


『マリア・ギルベルタ・ソフィー=レヴァンタールとの婚約を解消する!』


 そんな一言で、アルマーとの関係は終わりを告げた。アルマーが言い出したのは婚約者をマリアからエラに変えるということ。それに周囲は賛同した。まるで魔法にでもかけられているかのように、周囲はエラをよいしょして祝福した。


 次に待っていた現実は“追放”。レヴァンタールの名を剥奪され、広大な森の中にぽつんと建つ小屋の中に放り込まれた。今まで侍女頼りの生活を送っていた彼女がこんな場所で暮らしていけるはずも無く、散々泣いて、空腹のままなんとかお湯をため風呂に入って、気絶して、さっき記憶を取り戻し目覚めたというわけだ。


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