夏は嫌いだ。あの夜のことを思い出す。茹だるように暑かった昼間の熱を引きずる、真夏の真夜中。父の友人だというその人は、アタシをパーティーに誘ってくれた。わざわざスタイリストを連れてきて、可愛いドレスを着せて髪を結わせ、アタシを抱っこして家を出て行く、優しい顔をした男。彼のコロンの香りがまだ鼻の奥にこびり付いて離れない。
『おみあげにおいしいものもらって来るね!』と笑ったアタシに笑みを返した父の笑顔は、今でこそわかるが
家が見えなくなるまでずっと手を振っていたアタシの姿を見ずに父が家の中に帰った時点で気付くべきだった。アタシは幼く無知で、ただひたすらに愚かだった。
——さぁおいでおいで仔羊さん、手の鳴る方へおいでなさい。
まんまと騙されたアタシは、すっかり狼の腹の中。入口の無い鳥籠の中。終点の無い夜汽車の中。白濁に穢されて、高尚な純潔を散らし、涙の乾かない日々を送っていた。
——楽園じゃない。ここは楽園ではない。
ならばアタシはどこに帰ればいい? 標も無いこの暗夜行路をどう帰れと言うの?
——楽園じゃない。ここは楽園ではない。
それでも帰りたいの、手を引いてパパ。昔ようにアタシの手を引き、子守唄を歌って。
蛹から蝶になり、アタシは生まれ変わったの。パパ、ねぇパパ。
「——……アナタはアタシに気付いてくれさえしなかったけれどね」
涙の乾かない日々は、まだ続く。いずれ楽園に至るまで、涙の乾くことはアタシには無い。