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マルクエンとトクベツなお部屋

 茶屋の娘はどこかへ駆け出し、急いで戻ってきた。


「さ、サインを下さい!!!」


「サイン!?」


 色紙を差し出され、マルクエンは素っ頓狂すっとんきょうな声を上げる。


「い、いえ、そんな大層な者では……」


「ダメ……ですか?」


 しょんぼりとする茶屋の娘に負けて、マルクエンを始め、全員が寄せ書きのようにサインを書いた。


「ありがとうございます!! お店に飾って一生の宝物にします!!」


 はははと苦笑いするマルクエン。そこで話は本題に戻る。


「魔人の仕業とあれば、見過ごすわけにはいかないわね」


 ラミッタは片目でマルクエンをちらりと見た。


「あぁ、何か情報を集めよう」


「と、いうことは……。この集落をお守り頂けると!?」


 宿屋の主人が顔を明るくして言う。


「えぇ、我々は魔王へ繋がる手掛かりを探しています」


「魔王……」


 その名を口にして、集落の住民に緊張が走る。


「ともあれ、今日はもう夜も近い。このまま宿屋さんにお世話になれればありがたいのですが」


 マルクエンが言うと、待ってましたとばかりに宿屋の店主が胸を張った。


「もちろんですとも!! 最上級のおもてなしをさせて頂きます!!」





 宿屋へと戻ったマルクエン達は早速部屋に案内されそうになる。


「店主さん、その前に宿代を支払いたいのですが」


 マルクエンが言うと、店主は目の前で腕をブンブンと振った。


「滅相もない!! 命の恩人様からお代なんて頂けません!!」


「いえ、それはお気になさらずに……」


「とんでもない、大丈夫ですから!! お部屋の割り振りはいかがなさいましょう?」


「宿敵、こんだけ言ってるんだから、好意に甘えないと逆に失礼よ」


 ラミッタの言葉に、それもそうかとマルクエンは納得し、それではと決めようとする。


「皆様、お茶でもいかがでしょうか?」


 ラミッタ達に店主の妻が紅茶を配り始めた隙に、店主は物陰へマルクエンを引っ張っていく。


「それで、マルクエンさん。ウチにはお楽しみ用の特別なお部屋もご用意してありますが?」


 ニヤリと笑い店主が言う。


「特別な……部屋ですか?」


「そう、『トクベツ』な部屋でございます。音の妨害魔法が張ってありますので、防音もバッチリ、他の方に気兼きがねなくです」


「確かに……。ラミッタはうるさい時がありますからね、別のお客のご迷惑になるかもしれません。防音はあった方が良いですね」


「やはり、マルクエンさんはラミッタさんと、でしたか」


 意味深にうんうんと頷いて店主は自身の胸を叩いた。


「お任せ下さい!!」


 そして店主とマルクエンは皆の元へと戻る。


「大変申し訳無いのですが、ご用意できるのが2人部屋がお2つでして」


 他に客が居ないのに? っと不思議に思ったラミッタだったが、無料で案内されているのだ、厚かましい事は言えない。


「仕方ないわね。また私が宿敵と同じ部屋になるわ」


「そうっスか。わかりましたー」


「お泊りになる前に、料理店にもお立ち寄り下さい。彼もお礼がしたいと言っていましたので」


 確かに腹は空いていると、荷物を預け、マルクエン達は料理店へと向かった。


「お待ちしておりました、マルクエン様」


 深々と頭を下げる高齢のシェフ。思わずマルクエン達も頭を下げ返す。


「本日は私の出来る限りではございますが、最高のコースをご用意させて頂きます」


「い、いえ、そんな……」


 席へと案内されたマルクエン達にスープからサラダ、パンに、魚料理に肉料理とデザートまでフルコースで食べ物が提供される。


 すっかり満腹になり、金を支払おうとすると、またも断られてしまった。


 宿屋へ戻ると宿屋の娘である小さな女の子がお出迎えをしてくれる。


「おかえりなさい! おにーちゃん、おねーちゃん!!」


「それでは、鍵はこちらでございます。ごゆっくりお休み下さい」


 マルクエンはラミッタと共に部屋へと入った。


「なるほど、いい部屋ね」


 綺羅びやかな装飾と、光の魔法石で明るい室内は中々の物だ。


 だが、ラミッタはとある事に気付く。


「えっ……。この部屋ベッドが一つしか無いじゃない!!!」


 部屋の目立つところには大きなベッドが一つ。他を探すも、それ以外に寝床は見当たらなかった。


「ベッドは、無いな……。俺はこのソファで寝るからラミッタはベッドを使ってくれ」


「何それ、気を使っているつもり? アンタこそ病み上がりなんだからベッド使いなさいよ!!!」


 ラミッタは顔を真っ赤にしてプンプン怒る。やはり防音の部屋で良かったなとマルクエンは苦笑した。


「なに笑ってんのよもー!!!」


「わかったわかった。それより、この部屋には風呂も付いているらしいじゃないか」


「そう言えばそうだったわね……。って風呂ってなに考えてんのよ!! このド変態卑猥野郎!!!」


「変態要素あったか!?」


 マルクエンはそんな事を言った後に浴室のドアを開けて中を見る。


「おぉ!! 凄いぞラミッタ!! こっちに来てみろ!! 泡々だ!!」


 浴槽には泡がこんもりと立っており、幻想的な雰囲気すら感じた。


「本当ね……」


 泡々の風呂を見てラミッタは少し興味を持つ。


「ラミッタ、先に入ると良い」


「なっ、私が入った後のお風呂に入るの!? そ、そんなのド変態卑猥野郎じゃない!!」


「じゃあ俺が先に……」


「あんたが入った後なんて……。ダメ、それはダメ!!」


 そう言われ少し傷付くマルクエンだったが、結局ラミッタが先に入ることになった。

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