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サキュバスのお店!

 その夜、マルクエンはふと目が覚める。


 時計を見ると、深夜二時。変な時間に起きてしまったなと思った。


 再び寝ようと思ったが、妙に目が冴えている。


「何だか腹も減ってきたな……」


 気が付くと、腹も減っていた。カーテンを空けて外を見ると、まだ街なかにはあかりがともっている。


「何か食べるか」


 腹が膨れれば眠くもなるだろうと、小さく呟きながら考えた。


 服を着替え、マルクエンは宿屋の外へと出ていった。


 暗い夜空から星が落ちて来たように、点々と明るい街。何処か食べ物が売っていないか、食べられる店は無いかと辺りをぶらつく。


「あ、もしかして昼間のおにーさん?」


 そう言って駆け寄ってきたのは、童顔の美人。昼間、胸に名刺を挟んでマルクエンに抜き取らせたサキュバスだ。


「あなたは昼間の……?」


 マルクエンがそこまで言うと、サキュバスは何と抱きついてきた。


「お兄さん覚えていてくれたんだー!!!」


「なっ、ちょっ、ちょっと!?」


 動揺するマルクエン。サキュバスの女は離れると次は手を握ってくる。


「お兄さん、今度こそ時間大丈夫だよね?」


 胸元を強調しながら、下から見上げてくるサキュバス。思わず視線を逸してマルクエンは誘惑に打ち勝つ。


「す、すみません。今は食べ物屋を探していまして……」


「あー、それだったらウチの店はピッタリ!! ウチの店は料理にもこだわっているから!」


「で、ですがその……」


 そう言えばとマルクエンは兵士が言っていた事を思い出していた。こういった店で女の子が客引きをしている所ではボッタクリに会いやすいと。


「安心してー、ウチの店は一時間飲み放題で三千エンぽっきり!! 何とお通し代込!! ただ、料理は一品頼んでもらいますけどねー」


 サキュバスは胸を張って言った。


 だが、マルクエンはあまり乗り気になれない。


「三千エン!? 料理を食べるだけにしては高いような……」


「そんな事ないですよー? むしろウチの店は良心的な価格設定ですよー」


 手を引かれてマルクエンは路地裏まで連れて行かれる。


「ウチの店はここ!!」


 案内されたのは、大きくて綺羅きらびやかな店だった。ガラス越しに灯りが、ゆらゆらと光っている。


 されるがままに店の中へと入ってしまったマルクエン。


「いらっしゃいませー!!」


 女の子やボーイが笑顔で出迎えてくれる。緊張した面持ちでマルクエンは席へと案内された。


「おにーさんには私が付くね! まずは何飲む?」


 メニュー表を渡され、目を通す。当たり前だが、大半は酒だ。


「えっと、それじゃオレンジジュースを……」


「えー、お酒じゃないの?」


 童顔のサキュバスはマルクエンを下から見上げて言った。


「申し訳無い。酒は一滴も飲めないものでして……」


「そうなんだー!! まぁ無理して飲んで倒れちゃうより良いよ!」


 サキュバスはボーイに注文を伝えてから自己紹介を始める。


「じゃ、改めて自己紹介!! 私は『スミレ』って言います! おにーさんの名前は?」


「マルクエン・クライスです」


 そこまで言った後、イーヌ王国の騎士ですと言いかけ、慌てて言葉を飲み込む。


「あのー、駆け出しの冒険者をやっています」


「冒険者さんだったんだー! っていうか筋肉すごーい!」


 スミレと名乗ったサキュバスは、マルクエンの腕を触って言う。思わず顔が赤くなった。


 飲み物が運ばれてくると、サキュバスはグラスを手に持って言う。


「それじゃ、乾杯だね!」


「えっ、あ、あぁ!! そうですね」


「そんなに緊張しなくて良いから」


 クスクスと笑われながら、グラスをカチンと合わせる。


「マルクエンさんお腹空いてたんだっけ? 何か食べるー?」


「うーんと、じゃあ『ペペカグ』で」


 マルクエンは料理が運ばれる間、スミレとぎこちない会話をしていた。


「マルクエンさんのご出身はどちら?」


「え、えっと、遠くの国ですね」


 マルクエンの目が泳いでいるのを見て、スミレはそれ以上の詮索はしない。


「そうなんだー、冒険者さんって大変じゃない?」


「えぇ、日々新しい事への挑戦で、確かに大変ですね」


 他にも当たり障りない質問にマルクエンは緊張しながら答えていた。


 しばらくして注文した料理が運ばれる。


 食欲をそそるニンニクとオリーブオイルの香ばしく、良い香りとパスタの中に見え隠れしているエビとイカ。


 見た目はレストランで出てくる物と同じか、それ以上に良いものだった。


「マルクエンさんお腹空いてるんでしょ? さぁ、食べて食べて!」


「あ、はい。それじゃイタダキマス」


 一口運んでうん、とマルクエンは頷く。確かに味は中々のものだ。


「どう? 美味しいでしょ?」


「えぇ、これは美味しい」


「熱い内に食べちゃってー!」


 マルクエンはパスタを食べ続ける。その途中スミレがニヤリと笑い、言った。


「マルクエンさん。私も一口食べてみたくなっちゃったなー」


「あぁ、そうですか。それでは取皿を……」


「いやいや、一口だけで良いの! だからね?」


 そこまで言って、スミレは顔をマルクエンに近付ける。


「食べさせて! マルクエンさん」


 口を大きく開けて言った。マルクエンは思わず驚いて声が出た。


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