山菜や川魚といった山の幸で作られた夕食を済ますと、すっかり夜になった。
「それじゃ、おやすみ」
部屋の前でラミッタは別部屋の二人に言う。
「はい。おやすみなさいラミッタさん。マルクエンさん」
「それじゃお疲れっしたー」
ラミッタは部屋の中に入る。許すとは言われたが、マルクエンはまだ気まずい空気を感じていた。
「私は寝るけど、ベッドに近付いたら殺すから」
「なんて言うか、すまない……」
マルクエンは隣のベッドに横になり、布団をかぶる。
そして、何事もなく夜は明け、朝になった。目覚まし時計の石が音を立て、マルクエンは起き上がる。
「うーん。朝か」
思い切り伸びをしてベッドから降りた。一つ隣のベッドに寝ていたラミッタはまだ目を覚まさないみたいだ。
「ラミッタ、朝だぞー」
すうすうと寝息を立てる彼女の顔を見て、マルクエンは思う。
鬼の魔剣士と言われ恐れられてたラミッタが、まるで年相応の女の子みたいに思える。
黙っていれば、性格がおしとやかだったら、言い寄ってくる男の一人でも居るだろうにと。
「ラミッター、起きてくれー」
軽く布団をめくると、インナーがめくれ上がってお腹周りが丸出しになっていた。
「うーん」
うなされながらラミッタは横になったまま、マルクエンを見た。顔が近い。
「おはよう、ラミッタ」
「しゅ、宿敵!!」
思わず上半身を起こし、指をさす。
「なっ、ベッドに近付いたら殺すって言ったでしょ!?」
「すまない、時間だが起きなかったのでな」
その後もマルクエンは小言を言われたが、苦笑いして返しつつ装備を整えた。
「おはようございますッスー」
「おはようございます!」
先に宿の出口で待っていたケイとシヘンがマルクエン達に言う。挨拶を返し終えると山奥を後にした。
「それじゃ街へ帰りましょう」
そう言ってラミッタは歩き始める。その後を付いていき、山を下っている一行を見つめる者が居た。
「あの人達がコンソを倒したって本当かなー?」
トーラの街を襲った魔人『コンソ』の名を口にする女がひとり。
長いくすんだ金髪にシルクハットを被り、まるでサーカスの奇術師のような格好をしている。
「まぁ、聞いてみれば分かるか」
そう呟いて、道の横からヒョイッと女は飛び出した。
「こんにちはー」
友好的な挨拶をされたが、山に似つかわしくない、奇術師の格好をした女に一行は警戒をする。
「そんなに構えないでよー、ちょっと聞きたいだけなんだけど」
「何の御用かしら?」
ラミッタとマルクエンは、いつでも剣を引き抜ける様に準備をしていた。
「あなた達、別の世界から来た勇者? それと、トーラの村を襲った魔人『コンソ』って知ってる?」
一瞬、驚いてなんと言おうか考えるマルクエンだったが、女が攻撃魔法の準備をしている事に気付いて剣を構えた。
ラミッタも剣を引き抜いて女に斬りかかる。
だが、女は片手で防御壁を貼り、ラミッタの斬撃は弾かれてしまう。
「えっ、ちょっ、ラミッタさん!?」
驚くケイ達に対してラミッタは大声を上げる。
「敵よ!!」
マルクエンも斬りかかる。あの反応速度と防御壁の貼り方は素人では無いことは確かだ。
「まぁまぁ、落ち着いて」
今度は縦に横にと振り回される剣をひらりと躱しながら言う。
「あー、嫌われちゃったかなー?」
クスッと笑って女は空に飛び上がった。
「お前、何者だ!!」
マルクエンは上を向いて叫ぶ。
「まぁ、今日は挨拶だけ。また近い内に会えるよ」
ラミッタは天に向かって業火を打ち出すも、女は何処かへ飛び去ってしまう。
「空を飛んでるって事は、魔人っスかね……」
「まさか、また魔人が……」
ケイとシヘンは驚いていてそう言う以外何も出来なかった。
「あ、あのマルクエンさん!! ラミッタさん!!」
剣を納めた二人に向かって、シヘンが意を決して声を掛ける。
「さっきの人……、お二人を別の世界から来た勇者って言ってましたけど……。どういう事なんですか!?」
言われた二人は顔を合わせ、ラミッタがため息を吐いて話し始めた。
「あなた達には話しておいた方が良いかもしれないわね」
「そうだな。シヘンさん、ケイさん。とても信じられない話ですが、信じて欲しい」
二人は別の世界から来たこと、前の世界で戦い合ってたこと、それらを全て話す。
説明には三十分ほど掛かり、終わった後にケイは頭を抱えていた。
「ぜんっぜん信じられないですけど、お二人が嘘をつくとも思えないっス!!」
「そうですね、私は信じます」
何とかシヘンとケイも納得してくれて、マルクエンはほっと胸を撫で下ろす。
「それで、お二人は元の世界に帰りたいから魔王を倒すって事っスか?」
「まぁ、当面の目標はそうですね」
「私は別にこの世界で過ごしても良いんだけどね」
「いくら何でも魔王は無理っスよ!!」
ケイは二人を説得したかったが、いい言葉が思い浮かばなかった。
「まぁ、当面は冒険者としてお金と情報を集めますよ。私もこの世界の事を何も分かっていませんですし」
マルクエンが言うと何か言いたげなケイを見てラミッタが語りかける。
「私達と居たら危険に巻き込まれるかもしれないわ。無理に一緒に居なくても大丈夫よ」
「わ、私は一緒に行きます!! お供させて下さい!!」
以外にもシヘンが頭を下げて言い出した。驚くマルクエンとケイ。
「ちょっ!! 今の話聞いていたろ!?」
慌ててケイはシヘンに強く言う。
「私は世界を冒険してみたいし、強くなりたいんです!」
意外にもシヘンの決意は固いようだ。
「ありがとう、シヘンさん。あなたの事は何があっても守る」
真顔でマルクエンが言うので、シヘンは思わず赤面して目を逸らしてしまった。