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奪い合う

 中心から広がる大きな森に沿った街道を進む。


「お腹空いたね」


 お腹を押さえて呟いた。


『リンゴがあるよ!』

「リンゴかぁ……うーん、飽きちゃったな」

『えぇーリンゴを飽きる者は愚か者だよ』

「なんだか雑な哲学だねぇ、誰に習ったの?」

『アーサー!』

「都の軍人さんかぁ……ずいぶんと遊んでもらったんだね」

『赤ずきんがワイアットばかりに構うからだよ』

「おや、妬いてたの? ふふ、彼は命の恩人で友達ってだけだよ」


 不満な狼の唸りと、穏やかに微笑む赤ずきん。

 町に向かって歩いていく途中、


「俺が仕留めた!」

「いいや、ワシが先に仕留めた!」

「……」


 街道にまで、言い争いが聞こえる。

 尖った耳をぴくぴく動かして立ち止まった。


『赤ずきん、なんか聞こえるよ、血のニオイもする』

「そうだね、しかもケンカしてる」

『じゃあ止めないと』


 純粋に染まった琥珀を見下ろす。


「そんなことより町でなにか食べたい」

『ケンカはよくない、アルフィーがいつも言ってたよ』

「誰だっけ?」

『赤ずきん……』


 ふさふさの尻尾を内側に丸めてしまう。

 肩をすくめ、微笑んだ。


「はいはい、じゃあ、話を聞くだけなら」


 喜ぶ狼の尻尾をゆっくり追いかけた。

 言い争いは大きな森の入り口前で起こっていた。

 中年の男が2人、若い男が1人、立っている。

 毛皮のジャケットを着た中年は顔を真っ赤にして、


「仕留めたワシが貰う!」


 と主張。

 革のジャケットを着た中年は血管を浮かせて、


「いいや、俺が売る!」


 と主張。

 スーツに防雨ジャケットを着た若い男は困惑して、黙り込む。

 3人ともボルトアクションライフルを背負っている。


『こんにちは!』


 足元から聞こえた挨拶に目を丸くさせた。


「うわっ、お、狼!? しゃ、しゃべってる……」

「こんにちは、私の大切な相棒がいきなりすみません」


 碧眼の美しい女性が現れ、さらに目を丸くさせた。


「おわッ……こ、こんにちは」

「狩人が3人一体どうされたんですか?」

『ケンカは良くないよ』


 1人と1匹に、戸惑いながらも頷いて説明する。


「ケンカというか、まぁ色々あって……」

「食料の奪い合いですか?」

「いいや、人食い狼の腹に金目の物が入っていてね」

「なるほど」


 心臓部に弾丸を撃ち込まれ、絶命した人食い狼がいる。

 だらんと垂れた長い舌から輝く石のような物が見えた。


「この人食い狼は、何を食べたんですか?」

「さぁ……でも凄い価値らしいんだ。2人に協力してくれと頼まれてさ、俺も仕事があるんだけどね」

「狩人が3人もいるなんて珍しいです。森が大きいから、それか町が他にもあるんですか」

「どっちも。森はデカいし、森を中心に町が3つ分かれてる。この先輩方はいつも喧嘩してるんだ、俺としては仲良くしてほしいもんだけど」

「なるほど……まぁさっさとケンカを止めて町に行きたいので、撃ちますね」


 ダブルアクションリボルバーを空に向ける。

 若い男はすかさず耳を塞いだ。

 鼓膜が壊すほどの破裂音が響き、中年2人は咄嗟に耳を塞いで叫んだ。


「なななななんだ?!」

「み、耳が、お前、なんだ……ッ」

「失礼しました。言い争いを止めるにはこれしかないと思いまして」

『ケンカはよくないよ』


 赤ずきんと喋る狼に、怪訝な顔をする。


「お嬢さん……この狼はな、ただの人食いじゃない」

「そうだ、宝石を喰ってんだ」

「宝石、ですか」


 納得した赤ずきん。

 毛皮のジャケットを着た中年は大きく頷く。


「おうとも、金持ちの馬鹿が森に入ってな、人食い狼に喰われたわけだ。宝石ごと、金ごと、こいつの腹の中。すぐ人食い狼に発信機をつけたから間違いない」


 同じく革のジャケットを着た中年は頷く。


「その宝石は、狩人をやめたって遊んで暮らせるぐらいの価値があんだよ」

「…………そうですか」


 赤ずきんは肩をすくめる。


『どうして助けなかったの? 助けてあげたら食べられなくて済んだのに』

「うるせぇなケチで有名な奴だったんだよ! 喰われてみんな喜んでるってもんだ!!」


 怒鳴られた狼は驚いて後ろに隠れてしまう。


「どうしようもないよ、狼クン。今回は諦めた方がいい」


 頭を下げ、尻尾を垂らしたまま街道に戻って行く。

 立ち去る前、若い男を手招いた。


「町に戻って、軍に応援要請をした方がいいですよ。この森の広さだと、かなりの量の人食い狼が巣食ってるはずです。3人の狩人だけでは手に負えません……音に敏感ですから、驚いた人食い狼が飛び出してくるかも」


 そう言い残して街道へ。

 若い男は顔を真っ青にして、町に向かって走り出した――。





 街道に戻った赤ずきんは、お腹を押さえる。


「町が近いから助かったね、たまには豪勢な食事でもしようかな」

『ねぇ赤ずきん、狩人なのにどうして助けなかったんだろう』

「……どうしてだろうね」

『狩人も軍人も町のためにいるんでしょ』

「あくまで名目上だよ、給料がよくても人食い狼を狩るのは体力的にも精神的にも苦痛だからね」

『よく分かんない』

「分からなくて当然、それでいいよ。今は」

『うーん』




 しばらくして森の近くで、何発もの爆発音が響き渡り、それは徐々に消えていった……――。

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