只でさえルルーシュの纏う邪素は強力だ。強大な邪素は人を狂わせる。生身の人間は発狂するか、押し潰されるか、溶けて無くなるか。ガーネットの力を借り、俺は尖った氷塊を自身の炎で次々に爆発させていく。
「――
「そんなに思い通りに行くかしらね」
「おっと!」
いつの間にか後ろを取られていた。これは上級魔族の空間転移か。背後からの氷の刃を火焔で蒸発させ、そのまま一気に距離を詰める。ルルーシュは俺の勢いに圧され、二、三歩後退りする。火焔を籠めた一撃を悪魔の体躯目掛けて放つ俺。
「フフ、無駄ですわよ」
「ここだ!
相手が
「フフフ……、あなたの炎はその程度かしら?」
「いいや、まだだ!」
火傷ひとつ負っていない悪魔へ向け、炎を纏った槍撃を放つ俺。ルルーシュは鋼のように硬い蠍の尾で槍撃を打ち払い、前に出た俺の腕を狙い、紅いネイルを塗った爪で引き裂く。赤い鮮血が舞台に飛散し、水晶へ赤い斑点が付着する。
「くっ!」
「ワタクシの爪はダイヤモンドのように硬く磨かれているわよ?」
氷刃によって威力が落ちたとは言え、
「思考が定まっていませんね。戦闘中での迷いは隙を生みますわよ?」
「し、しまっ!?」
俺の足許がいつの間にか凍っており、動きを止められた瞬間、放たれる氷の刃。全身から火焔を発する事で氷を蒸発させるも、背中を何かに貫かれてしまう。
「これで終わりよ、人間」
「くそっ」
氷を溶かし、距離を置くも、背中を刺された事で片膝をつく俺。長く伸びた蠍の尾。尻尾に付着する俺の血液を舐め、ルルーシュは妖艶に嗤う。
「この程度の傷で俺は倒れ……」
(起き上がれない……!?)
背中を刺された患部から全身に何かが流れ込んで来るかのように熱い。勝ち誇った表情で悠々と近付いて来るルルーシュ。俺が槍先より炎を放つも氷塊により相殺される。
「このまま嬲り殺してもいいんだけど、それじゃあ面白くないものねぇ」
片膝をつき、動けなくなった俺の顎をくいっとあげ、瑠璃色の顔を近付ける妖艶な悪魔。腕に持つ槍を突き出そうにも身体を動かす事が出来ない。
「無駄なコトですわよ? ワタクシの尾には特製の猛毒が仕込まれている。刺されたものは身動きが取れなくなって、やがて死に至る」
「そう簡単に……俺はくたばらないさ」
「そう、じゃあもっと弄んであげる」
「がぁああっ!?」
あろうことかルルーシュは口を開け、俺の首筋へ牙を剥けたのだ。犬歯のように尖った牙が俺の皮膚を破り、激痛が走る!
そして、異変が起きる。今まで全身に帯びていた熱が急速に冷え、吹雪の中へ投げ込まれたかのように震えが止まらなくなったのだ。俺の槍に灯る炎も消え、思考が定まらなくなっていく。
「な、なにをした……」
「寒いでしょう? これが私の能力よ? あなたは全身を凍らされ、やがて氷の彫刻となるの。安心して、あなたの絶望は、私が食べて差し上げますわ」
人間を食べる上級悪魔。人間を自身の欲求を満たすための嗜好品としか考えていないとガーネットは教えてくれた。こんなところで俺は終わってしまうのか? こんなやつに負けて……何のためにここまで来たんだ。
「おれ……は……」
「なんなら仮死状態にして、オパールの能力で悪魔にしてあげてもよくてよ? まぁ、もう考える力も残されていないでしょうけどね」
頭が重い。全身から力が抜けていく。もう何も考えられない。そうか、このまま眠ってしまえば、何も考えずに楽になれる。重い瞼がだんだんと閉じていく。今は少し休んでしまいたい。
『あら……あなたの決意はその程度だったの?』
不意に誰かの声が俺の脳裏に響く。透き通る懐かしい声。
『ハルキ、私があげた勇気の芳香、まだ残っている筈よ』
今度はいつも聴いていたお姉さんの声。誰かが俺を呼んでいる。
『あら、私の横へ並んで歩くに相応しい人間になるんじゃなかったの? ハルキ』
『ハルキ、あなたは私が認めた男、こんなところで終わる人間じゃないわ』
真っ暗に閉ざされた世界が明るくなり、
――そうだ、俺はこんなところで終わる訳にはいかない!
胸のあたりで燻っていた炎が再び熱く燃え上がる。
「さて、オパールも女王と遊んでいるでしょうし、彫刻が完成するまであちらの様子を見に行きましょうか」
彼女が俺から背を向けた瞬間、彼女の全身は燃え上がる熱い炎に包まれていた。全身から紅い蒸気を発したまま、俺は槍で彼女の右腕を斬り払っていた。
「ハルキ・アーレス……貴様、何をした」
「言ったろ? 俺の熱はそう簡単に冷めないぜってな」
炎に包まれた瞬間、自身の氷で相殺したのであろう。全身を焼かれても彼女は平然と立っている。が、俺が斬り捨てた腕は舞台に落ち、結合部からは紫色の液体が滴り落ちていた。
素早く蠍の尻尾を伸ばし、背後から俺を突き刺そうとするも、身体を回転させると同時に薙ぎ払い、猛毒を持つ尻尾が宙を舞う。
「ワタクシの毒で動けない筈。何故動ける」
「さぁね、上級魔族のあんたには、分からないんじゃないかな?」
俺の中で漲る力が全身を駆け巡る。ルルーシュからさっきまでの余裕が消えた。しかし、彼女は残った左腕を天へ掲げ、こう告げる。
「残念だったわね、ワタクシは左利きですわ。お前程度の相手、片腕で充分」
ルルーシュが片腕を掲げた瞬間、空が轟き、大気が震える。上空より冷やされた大気が無数の氷刃となって、俺へ向かって放たれる!
(攻撃範囲が広い! 止められるか!?)
「あら、生きていたのね、ハルキ」
「小僧、奴の能力、よく打ち破ったな」
事は突然にして起きる。道化師姿の男を引き連れ、星空のように輝く銀髪を靡かせた彼女は、漆黒の鎌を頭上へ掲げ、迫り来る全ての氷刃を相殺していた。先程まで脳裏に浮かんでいた最愛の女性が、俺の眼前に立っていたのである。
「俺はメイを迎えに行くという約束を果たす迄は死ねないさ」
「そう、分かったわ」
心なしかメイの表情が一瞬緩んだような気がした。彼女はすぐに対峙する上級魔族へ向き直り、漆黒の鎌を構える。
「貴女の攻撃、もう見切ったわよ。貴女はここで終わりよ、ルルーシュ・プルート」
「あら~、遅かったわね。メイ・ペリドッド。黒竜を手懐けるのに時間がかかったのかしら?」
黒竜? 何の話をしているのだろう? その疑問はメイの言葉ですぐに解消される。
「やはり迷宮の異変は貴女の仕業ね。マイを始め、人間の命を弄んだ罪、償って貰うわよ」
「何人でかかって来ても同じ事。凍える程の
エルフの国、天空の舞台にて、運命の戦いが今幕を開ける。