『ホロビヨ! ナニモカモ!』
気づけばブラックドラゴンの猛牙が私の頭上に迫っていた。トルマリンが私を抱きかかえたまま高速移動し、迫り来る猛攻から私を護る。
「足手纏いになるつもりはないわ、トルマリン。降ろして頂戴」
「我は姫を抱いたままでも構わんのだがな」
トルマリンはようやく観念したのか、抱き抱えていた私をクレイ、ブレア、カルアの前へそっと置く。
「メイさん!」
「よかった! ご無事で」
「メイちゃん来るよっ!」
既に黒竜が濃厚な邪素を含んだ漆黒の風を巻き起こそうとしていた。クレイが警鐘を鳴らすも、我がやると言わんばかりにトルマリンが左手で彼を制止し、右手を黒竜へ向け翳す。
先程アビスバクが喰らったように、巻き起こる風迅は彼の手中へ吸い込まれていき、黒竜の腕が振り下ろされた時には既に竜の
「怒りで我の姿すら忘れたか、黒竜よ」
自らの頭へ立つ死神を振り下ろそうと黒竜が巨大な首を振り乱し、周囲へ紅蓮の業火を吐き出す。しかし、トルマリンは振り落とされる事なく竜頭へ乗ったまま。私が漆黒の鎌で炎を打ち消そうとするが、カルアの肩に乗っていた
「あたいが居るのを忘れて貰ったら困るさね」
「カルア、あの白猫……やはり貴女の守護者ね」
白猫は猫耳と尻尾はそのままに、全身純白のボンデージスーツを纏った人間サイズの女性姿へと変化する。全てを灰燼にする威力の炎は彼女の前で既に消滅していた。
「はい、この子はうちのパートナー、乙女座の守護者、カーネリアンです」
黒竜の攻撃をしなやかかつ妖艶に回避し、守護者は私の前でペコリとお辞儀をする。
「メイちゃんは初めましてね。あたいは白猫のカーネリアン。よろしくさね」
「気軽にちゃん付けしないで貰えますか? メイ・ペリドッドよ」
黒竜の尻尾、振るわれる腕、全てが最大威力の猛攻をまるで赤子の手を捻るかのように躱していくカーネリアンとトルマリン。邪素を含む漆黒の風も、紅蓮の業火も吸い込まれては意味を成さないのだ。
「小僧、一旦十階層より迷宮の外へ出て、外へブラックオニキスと報告しろ。漏れ出した邪素で外界へも影響が恐らく出ている筈だ」
「え、僕? ドラゴンはどうする気なんだい?」
「分かりましたトルマリン。クレイ様。彼がああ言うなら問題ございません、行きましょう」
クレイは逡巡した様子となるが、私が双眸で促した事で頷き、ブレアと外へ向かう。ブレアは既に元の姿へと戻っていた。残るは私とカルア。そして、二人の守護者。やがて死神と乙女座の守護者は、怒り狂う黒竜の前へ並んで立つ。
「そろそろやるぞ、
「こうしてまたあんたと共闘する事になるとはね、
二人はまるで幼馴染と会話するかのような話し方で、言葉を交わし、竜の前へ背中合わせに片腕を出す。黒竜はありったけの邪素を籠め、次なる攻撃を繰り出そうと
「トルマリン、どうする気!?」
「こいつを覚まさせてやるには此処は狭い。一旦外へ出す」
そう言った瞬間、トルマリンとカーネリアンの掌より、白と黒、相反する光が発せられ、渦を巻きつつ黒竜を包み込んでいく。見上げる程の巨大な体躯が見えなくなった瞬間、私達が立っていた迷宮の世界も光に包まれる。
(いつもの空間転移とは……違うわね)
トルマリンの空間転移は強力だ。指定した座標へと指定した対象を巻き込み転移させる。しかし、これだけ強大な力と巨大な体躯を持つ魔物を転移させる事は、彼の力でも難しい。恐らく半分は、あのカーネリアンの力によるもの。あの白猫、並の守護者ではないわね。
視界が明るくなり、夕闇に染まる広大な大地の下へ私達は転移していた。
黒竜は再び咆哮し、竜爪を振るうが、トルマリンの左腕、肘より先が紅く染まった巨大な腕へと変化しており、あろう事か巨大な腕を受け止めている。
「後は我がやる。こいつは我の眷属だからな」
「……眷属? どういう事、トルマリン」
巨大な竜の腕を持ち上げ、竜の肉体がぐらつくと同時に、青白い光を纏い、鬼のような腕より伸びた鉤爪で片腕を斬り落とす。死神の一撃はクレイの水戟でさえ貫く事が出来なかった竜の鱗をも打ち破り、斬り払われた腕が地に落ちる事で、大地が振動する!
「そのままの意だ。我は死神。こいつは只のブラックドラゴンではない。我の眷属である
トルマリンが眷属である星獣を飼っていたとは初耳ね。もし、それが事実なら、聞かなければいけない事がある。片腕を斬り落とされた事で黒竜は漆黒の翼で上空へ舞い上がる。黒竜は上空より巨大な顎門を開き、何かを放とうとしていた。
「トルマリン、聞きたい事があるわ」
「まずはこやつの怒りを鎮めてからだ」
『スベテ……ホロボス……』
「そいつを放つ事は叶わんよ。極大電解力――ネオプラズマトーラス!」
上空へ出現した厚い大気より青白く光る閃光が黒竜を穿ち、上空へ舞い上がっていた黒竜の体躯は地面へと叩きつけられる! 鳴動と共に大地は揺れ、粉塵が舞い上がる。雷撃により落とされた黒竜。黄色く光っていた虹彩は輝きを失い、地に伏していた。
「……トルマリン……サマ?」
「話を聞こうか、黒竜」
死神は首を
迷宮よりこの国を脅かしていた悪意の真実が今明かされる。