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29 メイ・ペリドッド 死神の眷属②

「一体どういう事なの……?」


 私はすぐ異変に気付いた。いつもなら空気と共に世界は、空間は一変し、私は月光に導かれるまま白銀の天秤を背に審判を下すのだ。


 黒竜と私の周囲には確かに地に展開される魔法陣と結界。外と内は隔絶されている。が、天井は邪素を吸収した星鍾石せいしょうせきに覆われたまま。迷宮内が、白夜のように明るくなったのみで光輝く丸い月も、白銀の天秤すら、その場に顕現していなかった。


「メイちゃんの能力が発動していない……!?」

「いえ、先程とは感じる空気が違います。加護の力は発動している筈です」


 クレイとブレアも異変に気付いたらしく、対峙する黒竜と私を交互に見ている。カルアも起きている事象に展開がついていっていない様子だ。


『……ナゼダ……ナゼワザガハツドウシナイ……』


 黒竜は巨大な顎門より紅蓮の炎を吐き出そうとしていたらしい。炎は空間を燃やす事なく、出現すらしない。続けて漆黒の翼をはためかせようとするが、邪素を含む風は起こらず、結界により隔絶された世界は無音、無風のままであった。


「此処は私の能力領域テリトリーよ。あなたの技は発動しないわ」


 黒竜は私の背丈より大きな鋭い爪を振るうが、私は漆黒の鎌で受け止める。ライトグリーンの双眸を細め、ブラックドラゴンの罪を裁くべく解析をしようと試みる。


 (駄目ね。相手の技を打ち消しているだけ。罪を読み取る事が出来ない)


 いつもなら、白銀の天秤が映し出す風景が、私の脳裏に吸い込まれるように滑り込んで来るのだ。しかし、今回は何故か、何か黒い靄がかかったかのように、黒竜が過去歩んで来た事象を読み取る事すら出来ない。


「メイちゃん!」


 背後からクレイの呼び掛け。黒竜が尻尾を振り回し、腕を振り下ろす! 素早く飛び上がり、黒竜の腕へ漆黒の鎌による一閃を加える。翠色の体液が飛散するも、ブラックドラゴンの腕を斬り落とすまでには至らない。


「心配しないで、クレイ。私は私の使命を全うするのみ」


 迷宮での異常、邪素が増大した理由はこのブラックドラゴンが原因。ならば、この黒竜が猛っている理由は? 最下層の結界が打ち破られた原因は? 答えは明白だ。私は闇に堕とされたマイが言っていた名前を思い出す。


「……ルルーシュ・プルート。ブラックドラゴン。あなた、何かされたの?」

『ホロビヨ! ホロビヨ!』


 刹那、ドラゴンが咆哮し、無音だった結界内を耳を劈くような憤怒の声が木霊する! 禍々しい妖気と闘気により、私の身体は宙に浮き、結界の外へと弾き出されてしまう!


 (能力領域テリトリーが破られた? このままでは裁く事すら出来ない……!)


 正義か悪か。調停者は相手が何者か分からなければ裁く事が出来ない。それは〝終焉の天秤〟が持つ絶対的ルールのようなもの。漆黒の鎌へ幾ら力を籠め、対象を斬り捨てたとしても、それは天秤による裁きではない。



 結界から弾き出される直前、ふと、ドラゴンが誰かと対峙する映像が浮かぶ。洞窟内の結界をいとも簡単に打ち破る影。まるで遠足にでも来たかのような影は、黒竜の前で会釈をし……。


 ――ねぇねぇ、君にお土産を持って来たんだ! 気に入ってくれるといいんだけど!


 空間が歪み、竜の前へ差し出されたモノは……等身大の蜥蜴型魔物モンスター――高位種ハイグレードのレッサードラゴン……その死骸の山だった。


 目を見開いた黒竜は怒りの形相でその影を睥睨し、そして、猛々しく咆哮する!


『キサマ……ワガケンゾクへナニヲシタ……!』


 ――何をって、遊んだだけだよ? さぁ、君も一緒に遊ぼ!



 映像はそこで途切れる。映像が脳裏に滑り込んだ時間は数秒。影の正体までは確認出来なかった。しかし、確かに黒竜はここで何者かと対峙した。そして、怒りの原因は恐らく彼女・・にある。


『ホロビヨ……ナニモカモ……』

「そう……同族を殺された事に貴方は怒っているのね」


「メイちゃん!」


 黒竜の巨大な爪が私の肉体を捉え、そのまま壁へと一気に持っていかれる。漆黒の鎌で爪撃は受け止めるが、壁に押しつけられた状態で身動きが取れない。


『ニクイ……ニクイニクイニクイ!』

「そう……私がその怒り、受け止めてあげるわよ」


「駄目だメイちゃん! ブレア、カルア、あのドラゴンを止めるぞ!」

「ええ!」

「行きます!」


 クレイ、ブレア、カルアが私を救出しようと動くが、それよりも早く黒竜の巨大な口が開き、私の頭蓋を砕こうとし……。


「――珍しく苦戦を強いられているようだな、?」


 誰かの声が一瞬聞こえた瞬間、眼前の視界が一転する。


 ブラックドラゴンの牙は確かに私を捉えようとしていた。しかし、壁に打ちつけられていた私の身体はそこから消失し、それまで私が存在していた場所は黒い靄がかかっていた。


「メイさぁああああん! メイさぁああああん!」


 カルアが叫んでいる。恐らく、私がドラゴンに喰われたと思っているのだろう。


「なんだよ、加護者と守護者しか居ないじゃん! なら、喋っても問題ないよね?」

「え? カーネリアン? どうして?」


 円らな翠眼まなこに雫を溜めていたカルアの肩には白猫が乗っている。


「遅かったじゃない? あの白猫と一緒にホットミルクでも飲んでいたのかしら? トルマリン」

「そんな趣味は持ち合わせておらぬよ」


 道化師姿の守護者は、私の身体を両手で抱えたまま冷笑する。


「メイ様! ご無事で!」

「メイちゃん! そうかあの黒猫か。無事でよか……って、メイちゃん、今の自分の状況……自分の目で確めた方がいいよ?」


 ブレアとクレイがトルマリンの力により移動した私の下と駆け寄って来る。ん? 私の状況? 私はどうやら助かったみたいよ。だからこうしてトルマリンに抱きかかえられて……もしかしてこの状況って……。


「ねぇ、トルマリン? これってどう見てもお姫様抱っこ・・・・・・よね?」

「嗚呼、無論だ」


 暫しの沈黙。遠目でカルアがきゃーきゃー黄色い声をあげているのは気のせいだろう。


「ねぇ、そろそろ降ろしてくれないかしら?」

「我はずっとこのままでも構わんぞ。お前の温もりを感じる事が出来るからな」


 ……。


「早く降ろせーーエロ猫ーー」


 トルマリンの腕の中、私は両耳を真っ赤にした状態でじたばたするのだった。

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