迷宮での異変は十階層で起きる。私達の
そして、十一階層にて、迷宮へ挑んで罠に落ちてしまった冒険者の死体を背後に、愉悦の表情で対峙する元人間の女の子と遭遇したのだ。どうやらこのマイって子、クレイさんとメイさんの知り合いらしい。
「うぅ~~頭が痛い~~~~残念だけど、私は還るわねっ……カルア、頑張りなさいよ」
「え、ちょっとシルフィ!」
まんまと彼女の
(うぅ……頼みの綱のシルフィが還っちゃったよ……これ詰んでない……?)
うちが脳内で嘆声をあげる。その間、メイさんと老執事姿へ変化していたブレアさんが、音の檻へ攻撃を加えるも、攻撃は全て、赤黒く血に染まった音の檻によって弾かれてしまう。
そんな中、一人檻の外で佇んでいたクレイさん。メイさんがさっき叫んだ事で踏ん切りがついたのだろうか?
クレイさんが水弾を放ち、掠めたマイの頬から紫色の血が流れている。そして、二人は言葉を交わし、戦闘を開始したのである。
「僕色に染まれ!
「
クレイさんが、洞窟内の大気を集め、幾つものビー球状の水弾が変わり果てた人間の女の子へ向かって放つ。
音の旋律は可視化され、放たれた無数の水弾と激しくぶつかり合う。それはさながら血塗られた
「君の旋律はもっと綺麗な音色だった筈だよ?」
「これが本当の私よ? もっと私を見て!」
「嗚呼、クレイ様~~もっとぉ~~もっとちょうだ~い」
マイの肩口を水戟が貫通し、飛散する液体。マイは攻撃を受ける度に愉悦の表情を浮かべ、
触手となった脚でクレイさんを捉えようと蠢く。
「メイ様。あとどのくらいかかりそうですか?」
「あと二、三分でいけるわ」
クレイさんとマイが舞台を駆ける中、老紳士姿から元の女執事姿へと戻ったブレアさんとメイさんが会話をしていた。もしかして、この状況を打破する作戦が?
「あの、メイさん。何か方法があるのですか?」
「メイ様には加護によって得た〝解析能力〟があるのです。解析したものは邪素であろうと、加護の力であろうと、漆黒の鎌で打ち消す事が出来る」
ブレアさんが代わりに解説してくれた。メイさんはライトグリーンの瞳を光らせ、真剣な眼差しで音の檻、そして、クレイさんとマイの戦闘を観察している。
「凄い。じゃあ、まだ好機はあるという事ですね!」
そう呟いた瞬間、鈍器で頭を殴られたかの衝撃が起こり、思わず倒れそうになってしまう。
「どうやら、急がないと、この充満している邪素、あなたやブレアには少々堪えるみたいね」
ブレアさんも額に汗をかいている。私も立っているのがやっと。同じ加護者でもメイさんはこれだけ濃厚な邪素に包まれて平気だなんて凄い……。
「くっ……!」
「あはは~クレイ様ぁ~~捕まえた~~」
回避を続けていたクレイさんが触手により手脚を縛られ宙に浮かんでしまう。マイの旋律による血塗られた稲妻が触手を通じてクレイさんの身体へ直撃し、一瞬苦悶の表情となる。
「マイ……君ってやつは。こんなお転婆にした覚えはないぞ……?」
「何を言うのクレイ様? クレイ様が居たからこそ、私は素直になれたんだよぉ~~」
触手でクレイさんを縛ったまま、自身の顔を近づけ、頬を舐めるマイ。クレイさんは表情を一切変える事なく。
「ふっ、僕は以前のマイの方が好きだったな?」
「本当? 嬉しい。大丈夫、最初は驚くかもしれないけれど、ここの生活もそのうち慣れるわ」
マイの触手でクレイさんの服が破られ、彼の肉体が露になる。
「クレイさん!」
「外野は黙ってろ!」
思わず驚声をあげた私をギロっと睨みつけたマイから黒き旋律という稲妻が放たれ、全身を焼かれたかのような衝撃を受けた私は、思わず両膝をついてしまう。
「マイ、あの子達は関係ないだろ。僕と居たいなら、他の子達は返してやってくれ。その方が二人きりになれるだろ?」
「えーー、どうしようかな? クレイ様が私と一生ここで暮らすって誓うなら、考えてあげてもいいよ?」
何を思ったのか、クレイさんが一瞬こちらへ視線を送ったように見えた。
「じゃあせめて、この拘束を解いてくれない?
「いやん、クレイ様ぁあ~わかったわ~」
下半身は縛られたまま、上半身を縛る拘束が解かれ、地面へ降り立つクレイさん。
(え、こんなの駄目だよ。助けてあげないと……)
「さぁ、マイ。目を閉じて……」
「はい……クレイ様ぁあ♡」
上半身の服がはだけた状態のクレイさんと、紫色の妖艶なレオタード姿をした彼女の身体が近づいていき……。
「ブレア、いくわよ!」
「はい、メイ様!」
刹那漆黒の鎌で音の檻を斬り払い、ブレアさんも黒き靄に包まれ姿を変える。クレイさんが水戟により自らを拘束している触手を斬り払い飛び上がった瞬間、メイさんによる漆黒の鎌がマイさんの触手を、腕を斬り捨てる。
「メイ……メイ・ペリドッドぉおおお!」
歪んだ怒りの旋律がメイさんへ向け放たれるが、漆黒の鎌を回転させた彼女の前で、可視化された旋律が掻き消されていく。
「あなたの能力は解析済。もう私に貴女の能力は効かない」
「流石だねメイちゃん。アイコンタクトで僕の意図を汲むなんて」
メイさんの横にクレイさん。そして、その横には狐耳を生やし、モフモフした尻尾をピンと立て、妖狐へ姿を変えたブレアさんの姿があった。
「どうして……クレイ様……どうして!」
「それはね……、君が心の奥底で泣いていたからさ」
怒りと悲哀と動揺が混ざったかのような表情をするマイへ向け、クレイさんははっきりと言い放った。