「あたいは
「えええ、えー? どうしてそうなるの、カーネリアン!」
迷宮攻略の前日、アルシューン公国滞在に泊まっていた宿屋の一室。守護者である白猫の発言に、うちはツインテールを跳ねさせ、飛び上がり驚いた。
「だって、面倒くさいじゃん?」
「いや……それ理由になってないから……」
ふかふかのベットに座り、ジト目で白猫を見つめるうち。……って、まぁこの子の言い分は分かってるのよね。この子が仮について行ったとしても普通の冒険者へ正体を明かす事はご法度なのだ。私の可愛らしい口から嘆息が漏れる。
「お、その様子だと分かってくれた? さっすがあたいのパートナーね、カルア!」
そう言うや否や、ベットの上へ飛び乗る白猫。うちの太腿へモフモフした身体をスリスリさせる。
「もう、モフモフさせても、誤魔化されないからねっ。いっつもうちが苦労する役回りじゃん。うちがピンチの時は、ちゃんと助けなさいよ?」
「分かってるさ、カルア。あたいはそのあたり
この気紛れ猫を信用していいものか考えるが、迷宮攻略を明日へ控える状況で、考えても仕方がないのだ。
「まぁ、迷宮内で異常が起きているのは事実だし、何とかするしかないものね。よーし、頑張るぞ!」
「その意気さ、カルア。そんなカルアにあたいからプレゼントさ」
白く空間が歪み、部屋のカフェテーブルへ何かが食べ物の乗ったお皿が出現する。どこかから
「こ、こここ、これ、どうしたの? カーネリアン?」
白いお皿の上には、肉を固めた長い棒状の食物が二本、こんがり焼かれた状態で乗っていた。これは間違いない、アルシューン公国のノスティア領名物、
「ウインナーという肉の旨味にハマってしまった
「カーネリアーン! 大好き~~!」
頬に白猫の顔を当ててスリスリモフモフするうち。最初は嫌がっていた白猫も、喉をごろごろ鳴らしてあげると、猫目を細め、満更でもない表情となった。
「冷めないうちに食べなよ」
「はぁ……はぁ……いただきます」
ウインナーを前に思わず恍惚の表情となるうち。うちはあの日、穢れてしまったのだ。あれはエレメンティーナ南の森にて、ルビー・スピリットと遊んでいた時の事だった。野生のエビルスパイダーが眼前に現れ、ルビーちゃんで燃やしたのだ。その炎に鹿ちゃんが巻き込まれてしまった。鹿ちゃんはこんがりと焼け、その肉は鼻をつまみたくなる程の只ならぬ野生の香りを放っていた。
「こんなに大きいの……反則よぉ……♡」
うちの小さな口へ、大きなノクスバイエルンを口へ含む。巨大なウインナーの肉汁がうちの口を蹂躙していく。そのままウインナーを噛み切ると、いい音を立てたお肉は旨味成分を溢れさせ、うちの口腔内を満たしていった。
「んぐっ、んんーー。美味しい~~」
そう、うちは穢れてしまったのだ。あの日弔いのつもりで食べた鹿ちゃんのお肉はうちが今迄一度も食べた事のない、濃厚で、刺激的な味だったのだ。きのこや野菜、穀物の自然な味は勿論嫌いじゃない。むしろ好きなくらい。でも、このお肉という未知との遭遇は、うちの中の常識を変えてしまった。
エレメンティーナでは基本お肉を食べる事は禁止されているが、豊穣の女神様も国外での行動を禁じている訳ではなかった。そして、何年も前、冒険者としてアルシューン公国へ初めて訪れた日、宿屋で初めて食べたお肉が、このウインナーだったのだ。
「んぐっ、口に入り……切らないお」
「いやカルア、そんな欲張って頬張るからだよ」
そう言いつつもうちはこの時、恍惚そうな表情をしていたに違いない。耳はピンと立ち、ツインテールは尻尾のように揺れていた。口直しにアルシューン産の果実酒を口に含み、頬に手を当ててひと言。
「んんーー、幸せ♡」
「はいはい、よかったねカルア」
白猫は気怠げだが、うちは満足だ。これで明日の冒険へ本気で挑めるというものだ。
「ウインナーしっかり食べたね? じゃあ、明日は一人で頑張ってねぇ」
「なっ……お主……まさかうちを食べ物で釣ったというのか!?」
うちが驚き飛び上がると、興味無さそうに白猫は蒲団の中へ潜っていく。くっ、完全にしてやられた。
「じゃあね。あたいはあたいで明日忙しいんだから。おやすみーー」
「忙しいだと……お主、さては妖精桃を探すつもりだな?」
パーティを探す時もそうだったけれど、この気紛れ白猫はよく居なくなるのだ。もう、少しはうちを手伝って貰いたいものだよね。
「あたいはちょっと野暮用があるのよ」
「何よ、その野暮用って」
同じ蒲団へ潜り、カーネリアンを問い質す。
「そのうち分かる。明日の迷宮攻略、気をつけるのよ。あの迷宮、邪素に満ち満ちているわよ」
「わかってるよ」
うちだって、そんな危険な場所へ好き好んで行きたい訳じゃない。でも女王様からの依頼とあっては断れないのだ。
「早く、あのメイって子か、クレイって子。連れて帰らないと……」
故郷へ思いを馳せ、うちは眠りにつく。迷宮にてあんなとんでもない事態が待ち受けているとは、この時のうちは思いもしなかった訳で。