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22 ハルキ・アーレス 豊穣の女神③

「そんな……」

「ハルキ、忘れたの? この世界は残酷だって事」


 美しくも残酷な世界……。美しく実りある豊穣の大地の一角。東側に聳え立つ岩山の向こうより、禍々しい瘴気を伴った霧が地獄へといざなう巨大な魔の雲のように迫り、エレメンティーナを覆う結界を押し潰そうとしていたのである。


「グリエル様! このままでは結界が持ちません」


 金髪ブロンドヘアー銀髪シルバーブロンド白銀髪プラチナブロンド。白銀に煌めくローブを纏った碧眼、翠眼のエルフ達が上空へ杖を向けて魔力を送っている。


 浄化の水を携えた湖が泣いている。女王メーテリア直轄の神殿警護隊のエルフ達が打ち破られないよう、浄化の水から星屑スターマナを取り込み、結界へと魔力を送っている。女王の側近である案内役のイケメンエルフ、グリエルへ連れられ、俺達はこの国が脅かされている惨状を目の当たりにしていた。


 エルフは魔力に長けている者が多いが、基本戦闘には向いていない。そのため、エレメンティーナは豊穣の女神である女王メーテリアが創りし結界により護られており、争い事を持ち込まないよう、他国との干渉を避けるようにしているのだ。


「エレメンティーナ国へ邪素ダークマナを持ち込ませるな。魔力が尽きた者は後方部隊と交代しろっ!」


 温厚そうに見えたグリエルが語気を強め、結界へと魔力を送るエルフ達へ指示を送る。あくまで豊穣の土地が平穏を保っている理由は結界によるもの。それほど事態は逼迫ひっぱくした状況であった。


「この邪素の塊である霧と、アルシューンで起きている異変が関係しているって事か」

「そうみたいね。でも、結界が破れてしまったなら、この霧を止めるなんて私達にも出来ないわね」


 もしも、ダムが決壊してしまったなら、水を堰き止める事など不可能だ。俺達にこの霧をどうにかして欲しいのかとも考えたのだが、女王の見解は違った。


「いえ、ハルキ様、ガーネット様。この霧は命に代えても我々が食い止めます故、ここで待機していただくようお願いします」


 アルシューン公国の異変を食い止め、邪素の素となる元凶を断ち切る。これは乙女座の加護者と守護者が動いているらしい。しかし、その元凶を創った者が居る。つまり……。


「エルフの国を脅かす奴を俺とガーネットで叩けばいいって事だな」

「そうね……。とんでもない子が出て来なければいいんだけどね」


 ガーネットは誰かを思い浮かべているのだろうか? 俺も神経を尖らせ、火星焔槍マーズスピアを構える。そして、事態が動く……!


 重々しい暗黒の霧が結界の外を取り囲み、大地が脈動する。結界という壁へへばりつくように圧し掛かる邪素。エルフ達が杖に籠めた魔力を強め、結界を何重にも強化していく。


「この状況で女王は動かないのか?」

「いえ、動けないのよきっと。豊穣の女神は極創星世界ラピス・ワールド全体の豊穣を司る。監視している場所はきっとこの国にある結界だけではない」


 俺の疑問へガーネットが答える。動けないからこそ俺達を呼んだという訳か。神殿警護隊の健闘も虚しく、結界の一部から靄のように霧が滲み出る箇所が出来、靄は上空で何かを象っていく。


「エレメンティーナの誇りを嘗めるな!」


 すぐに手を翳し、綻んだ結界を修復するグリエル。しかし、侵入した濃厚な邪素の塊は、漆黒の翼を携えた双翼竜へと姿を変えていく。高位種ハイグレードの魔物――ワイバーンだ。


白銀の矢プラチナアロー!」


 グリエルが放つ、白銀に煌めく矢がワイバーンの左翼を穿ち、平衡感覚を失いかけたワイバーンが地面へ着地する。が、顎門あぎとを開いた双翼竜が口から巨大な火球を放ち、結界を護るエルフ数名を吹き飛ばしてしまう!


「ぎゃあああああ!」

「大丈夫か! すぐに回復だ! くそっ!」


 ワイバーンとエルフ達との間に立ったグリエルが、仲間を庇いつつ白銀の矢を放ち、応戦する。通常の高位種ならば歴戦の戦士でなんとかなる相手。しかし、邪素を大量に含んだワイバーンは通常の蒼い翼と違う、漆黒の翼をはためかせている。こいつは下手すると上級種ラストグレイドに匹敵するかもしれない。


「グォオオオオオ!」


 咆哮と共に放たれる巨大な火球! グリエルは弓を構え、矢へ意匠を籠める!


「くっ、嘗めるなよドラゴン! 創星魔法、氷結力・アイシクルアロー!」


 氷結力の魔力を帯びた矢が火球へ向け放たれ、威力を相殺していく。火球を貫いた矢はそのままワイバーンの腕へと突き刺さるが、火球との衝突により、氷の魔力を失った矢では大したダメージを与える事が出来ない。


「大変だ! もう一匹出て来たぞ!」


 結界が邪素に呑み込まれてしまっては、綻んだ箇所から靄が侵入してしまうのだ。最早根源となる何かを止めなければ、やがて、侵入した邪素が魔物化し、エレメンティーナが襲撃されてしまう。


「大丈夫よ、恐らくアルシューンの異常ならきっと……」

「そうだねガーネット。あそこには彼女・・が居る……!」


 銀髪を靡かせ漆黒の鎌を握る凛とした姿――そして、甘味を口に含み、笑顔を見せる彼女の姿が俺の脳裏に浮かぶ。


「くそっ、氷で炎は相殺出来るが決定打にならんっ!」


 ワイバーンが二体となり、苦戦しながらもなんとか火球と爪撃による猛攻を食い止めるグリエル。すると二体のワイバーンが羽搏き、空中から二つの火球を同時に放った!


「くっ、アイシクルアローじゃ受け止め切れん……」


 結界を慌てて張ろうとするグリエルだったが……。


「少しは戦場で踊ってくれよ! 火星焔槍マーズスピア!」


 俺達の何倍もの大きさはあろう火球を自慢の槍で操作し、火球はまるで磁石に引き寄せられるかのように槍に取り込まれていく。そして、そのまま渦を成した火球を返し、槍先をワイバーンへ向けると、火炎流となった炎が双翼竜へと襲い掛かる!


「なっ、ハルキ様! 今のは!?」

「炎は俺の得意分野。ワイバーンの攻撃は俺が止める。グリエルさん、貴方は攻撃に徹して下さい」

「私も加勢するわよ、イケメンエルフさん」


 グリエルと上空より舞い降りたワイバーンの間に俺とガーネットが立つ。まぁ、強敵を前にするなら、準備運動は必要だろ?


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