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19 メイ・ペリドッド 異形の正体④

 捕らわれし女性は紛れもなく喫茶ショコラのウエイトレス、マイだった。拘束されている彼女の表情は、クレイの顔を見た瞬間、光明が差したかのように明るくなる。


「マイ! マイなのか! 今すぐ助ける」

「クレイ様!」


 水戟で縛っている触手のような物の拘束を解き、産まれたままの姿となっていたマイの身体を受け止め、抱き締めるクレイ。クレイとマイはどうやら普通の仲ではないらしい。再会を喜んだ後、マイは私の存在にも気づき、軽く会釈をした。


「マイちゃん、あの事件の後、姿が見えなくなって心配したわ。でもどうしてこんなところに?」

「メイさん。私、実は……」


 喫茶ショコラで働いていた彼女はあの事件の後、どうやら上級魔族に目をつけられ、攫われてしまったらしい。クレイがジャケットを羽織ってマイの肢体を隠す。クレイと彼女はラピス教会で偶然・・知り合った仲だそう。


「十階層の転移魔法陣から地上へ還れる。マイ、僕が送っていくよ」

「……その必要はないわクレイ様。クレイ様と私は、一生此処で暮らすの」

「え? 何を言って……」


 彼女は後ずさりし、先程まで拘束されていた壁の方へ下がっていく。突如赤い触手を固めたような壁が蠢き扉のように開いていく。壁の向こうには四方桃色の壁に覆われた部屋。中央には天蓋付きのベットとテーブル、椅子。そして、部屋の奥には……。


「メイさん……あれ!?」

「……冒険者の死体の山ね……」


 この世界に来て、血の臭いは何度も味わって来た。でもこの鼻につく腐臭は異常だ。思わずカルアが口元を押さえ蹲る。ブレアは異常を察知し、既に警戒態勢を取っている。


「マイ……どういう事だい?」

「クレイ様ぁ~私ね。生まれ変わったの! やっと、やっと選ばれた・・・・んだよぉ~。後ろの子達はね、選ばれなかった子達。この迷宮には沢山食料がやって来る。選ばれた子は生まれ変わって街へと還るの。選ばれなかった子達は私とクレイ様で処理していくの。ね、素敵でしょ?」


 クレイは何が起きているのか分からないような表情で逡巡している。


「マイ……何を言ってるんだ……?」

「私はね、マイ・ダークライト・ヴェガ。ルルーシュ様に忠誠を誓う上級悪魔として生まれ変わったの。素敵でしょ?」


 マイちゃんのミドルネームは確かアークライトだった筈。ルルーシュ・プルート……そう、冒険者を悪魔化させ、街を襲った元凶は彼女という訳ね。


「クレイ、この子はもう手遅れ。私が裁くわ」

「待ってメイ、この子はまだ何も罪を犯していない」


 漆黒の鎌を顕現させる私とマイの間に両手を広げ立ちはだかるクレイ。直後彼女の両脚が舌のように蠢く紅い触手の根っこへと変化し、背後よりクレイの身体を捉え、彼女の体躯へと引き寄せられてしまう。


 既に彼女の体躯は全身蠱惑こわくな瘴気を纏った桃色に、暗い茶髪ダークブラウンヘアーの髪は感情を無くした雪のように白く変化している。紫色のレオタードのような妖しい衣装を纏い、紅く染まった瞳でクレイの顔を見つめた彼女は、彼の頬へそっと口づけをする。


「くっ、マイ! 目を覚ませ! 僕はこんな事望んでいない!」

「ブレア、加勢して!」


 私は漆黒の鎌でクレイを縛る触手を素早く斬り落とす。同時にブレアが彼を抱え、後方へと退避させる。臨戦態勢の私をギロっと睨みつけたマイは、下半身より蠢く複数の触手を私へ向け放っていく。


「メイさん、私とクレイ様の邪魔をしないで貰えます?」

「貴女の罪がこれ以上重くなる前に私が眠らせてあげる」


 鎌の柄を握った状態で、回転させつつ何本も襲いかかる触手を斬り裁いていく。しかし、触手の攻撃範囲が広く、私の右脚を捕らえ、縛りあげられてしまう。


「クレイ様は此処に居て下さい! ――影写力!」


 ブレアが透かさず能力を発動する。彼女の姿は、私が見た事のない金縁のモノクルをつけた白髪端麗な老紳士の格好へと変化する。


「助太刀しますぞぉ~~! ――風黄泉ノ太刀かぜよみのたち


 ひとえに能力をコピーすると言っても、加護の力は特別。よって、ブレアが扱う力は加護以外・・・・の力。老紳士が腰に携えた長剣を抜いた瞬間、蠢く触手が一瞬にして裁かれ、私の拘束が解かれる。今の力、魔法でも願星でもない。己の鍛錬によってのみ昇華出来る力、技能スキルね。


「ブレア、その姿」

「初めてお目にかかりますのぅー。それがしはブレアより加護を与えられし山羊座の加護者、スミス・クロノスですじゃ」


 自らのマスターをコピーしていたという訳ね。どうりで強い筈だ。


「痛い……痛い痛い痛い痛い! クレイ様と私の邪魔をする奴は……赦さない!」


 触手は次から次へと生え代わり、私達へと襲い掛かる。私とブレアの背後で詠唱していたエルフが、瞳と同じ橙と紅を織り交ぜたような色の宝石を埋め込んだ杖を前に掲げる。


「私も加勢します! 風精霊、シルフィ!」

「ちょっとぉ~~また~~? うえ~~何あれ~~気持ち悪い~~」


 シルフィによる風の刃とスミスの長剣が触手を全て斬り払う。クレイはただ茫然と私達の戦闘を見ているだけだった。


「クレイ。どうするの? 貴方にとって大切な人なら、どうするかは貴方が決めなさい!」

「……僕は……」


 私が漆黒の鎌で彼女の頸を刎ねようと動いたまさにその刻。事態は動く。


「ルルーシュ様ぁ~~貴女様よりいただいた力、使いますねぇ~。琴座の加護――星屑の旋律スターマナレコード反転、星封じの鎮魂歌レクイエム


 (琴座の加護ですって!?)


 それは、十二ある創星の加護とは違う力。彼女の手には邪素を取り込んだ血塗られた竪琴。黒く染まった旋律が、刹那空間を支配していく。


 此処に居る誰もが初めて視る光景。人間の欲望と苦悶を集めたかのような旋律は、音の檻となって、私とブレア、カルアまでも閉じ込めてしまう。


「うぅ~~頭が痛い~~~~残念だけど、私は還るわねっ……カルア、頑張りなさいよ」

「え、ちょっとシルフィ!」


 風精霊は邪素に覆われたこの空間に実体を保てないのか、姿を消してしまう。


「――風黄泉ノ太刀かぜよみのたち!」


 ブレアがスミスの姿で放つ風塵の刃は音の檻によって弾かれる。完全に虚を突かれた。初めて視る能力は、解析する迄時間がかかる。相手の能力範囲テリトリー内で終焉の天秤は発動出来ない。まずは漆黒の鎌で、この能力を打ち消す必要がある。


「やっと羽虫を閉じ込めたわぁ~~♡さぁ、クレイ様ぁ~一緒に愛を育みま……えっ?」


 マイの頬を一粒・・の弾丸が掠め、傷口より紫色の血が流れる。クレイ、やっと目を覚ましたようね。


「完全に魔物と化してしまったんだね。いいよ、マイ。僕が目を覚まさせてあげるよ? 君も僕色に染まりたいだろ?」

「え? クレイ様♡殺る気になってくれたのぉ~? 私の躰内なかをクレイ様でいっぱいにして!」


 クレイの蒼き水戟と、マイの黒き旋律が奏でる協奏曲が今、始まる――――

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