くるりくるりと回転しつつ、ぱたぱたと透明な翅をはためかせクレイとカルアの周囲を旋回する風精霊シルフィ。翠色の髪を靡かせ、幾重にも重なった絹のような羽衣を纏った小さな妖精は、キルギスが続け様に放つ漆黒の短剣を風の渦で意図も簡単に弾いていく。間違いない、あの精霊は高位精霊だ。
「ちょっとぉ~~カルアぁ~~何面倒臭そうなところに呼んでる訳~~? 見るからに変態じゃんあれ!」
「そう言わないでシルフィ! うちの白猫用事があって居ないからさ、代わりに殺っちゃってよ!」
癇癪を起した子供のように空中で手足をばたばたさせて抗議する妖精姿の精霊へ、片目を閉じて懇願するカルア。クレイはそのやり取りを苦笑しつつ見ている。
「キェエエエエエ! 無視するなでやんすっ! ――
漆黒の短剣が次々に放たれるが、風の衣に包まれたクレイとカルアへ届く事はなく、奇声をあげたキルギスはそのままカルアへ向け、刃を握り、突撃しようとするが……。
「ちょっとぉ~~あんた五月蠅いから黙ってて!」
刹那強力な風の渦がキルギスの腹部を抉り、そのまま蒼白く輝く壁へ吹き飛ばしてしまう。壁へと激突したキルギスは発狂し、手脚を風刃に斬り刻まれても尚、襲い掛かろうとするが、既にクレイが準備を終えた後だったようだ。
「終わりだよ殺人鬼。僕色に染まれ……水戟無限陣!」
カルアとシルフィが惹きつけている間に周囲の水を溜めていたクレイが、ビー球状の水弾を
「あたしは還るからねぇ~~じゃね~~」
役目を終え、あっという間に風精霊シルフィは還っていく。
「ふぅ……カルア惹きつけありがとう」
「クレイさん流石ですね。キルギス……瘴気に
「いや、恐らく
キルギスだったものは肉塊となり、肉塊の周囲へ紫色の沼が出来ていた。
「それよりナナコとメイちゃんだ! あっちはどうなってる!?」
気を失ったナナコ、ポックル、シルバニアは既にブレアが洞穴の隅へ移動させ、一命は取り留めているようだ。結界を張った状態でブレアが女執事の姿へ戻り、三名を護っていた。
そして私はというと、魔物化した大男の肥大化し伸びる両腕を飛び上がり回避しつつ、返しに火球、氷刃を放ち、応戦していた。私の身体より大きな腕に捕まってしまえば鋭利な爪に体躯を引き裂かれてしまう。ライトグリーンの双眸を光らせ、予め攻撃が来る場所を予測する。
さて、あっちは勝負がついたようね。こちらも終わらせましょうか。今、漆黒の鎌と終焉の天秤が
「創星魔法、電解力・トールセイバー!」
研ぎ澄まされた雷の刃は強靭な体躯をも貫く。トルマリンが掌へ纏って戦う雷套と同じ原理。星屑を集め、柄へ籠められた魔力は、漆黒の杖を雷迅の刃へと変えていく。そして……。
「喰わせろぉおお! クワセロォオオオ!」
「……終わりよ」
伸びる
「満たされない……ミタサレ……」
腸の部分から横へずり落ちる体躯は下半身を失った事に気づく間もなく地へと落ち、宿主を失った結合部分より体液が噴出する。柄についた紫色の液体を軽く払い、静かに漆黒の杖を納める。
「メイ、そっちは無事か!?」
「ええ、終わったわよ。そちらも無事のようね」
「よかったですメイさん。他の皆さんは……」
戦闘を終えたクレイとカルアが駆けつけて来る。
「メイさん、クレイさん! 早く洞穴奥のギルドパネルへこの子達を! 転移魔法陣で地上へ送ります!」
「分かったわ。クレイ」
「嗚呼」
私とブレアでポックルとシルバニアを、ナナコはクレイが抱え、十階層奥のギルドパネルへ連れていく。洞穴途中にはミノタウルスやトロールの亡骸もあったが、死体も含め、行方不明の冒険者達の姿は見つからなかった。
「どうしましょう……一度引き返して出直した方が……」
「じゃあカルア、貴女がこの子達を連れて帰ってあげて。私は先へ進むわ」
迷宮の転移魔法陣は一方通行、一度引き返したなら一階層からやり直しとなる。この迷宮の異常さを考えるに、最下層へ潜む元凶に迫る必要があった。最悪の事態を想定するに、此処で引き返す訳にはいかなかった。
「待て、メイちゃん。それなら僕も行く。君一人ではいかせないよ」
「貴方もそこのナナコを連れていけばいい。足手纏いは置いていくわ。ブレア、その子達お願い出来るわね」
「メイ様……」
私は一人でもなんとかやれる。むしろ一人なら漆黒の鎌と終焉の天秤の力を開放する事が出来る。
「怪我人が送り出されると冒険者ギルド監視の者が気づく。僕からアメジストへ緊急回線を繋いでおく。それで文句はないだろ?」
「……分かったわ。好きにすればいい」
星屑を籠めた金平糖、
「……メイ様、最初から残るメンバーはこの四人と決めていましたね?」
「私は一人でもなんとかするつもりだったわよ?」
質問の意図を汲み、私がブレアへ返答する。今の戦闘から察するに此処から先、高位種以上の戦闘に耐えられるメンバーは恐らくこのメンバーだけだろう。戦闘に耐えうるとしても、下層より溢れ出る
「メイ、此処から先、
「クレイ貴方!」
私が加護者だという事実は最低限の者へしか告げていない。だからこそ隠していた能力。エルフのカルア……この子の記憶を漆黒の鎌で消す必要が……。
「大丈夫です、メイさん。私はカルア・ヘルメス。女王メーテリアの命を受け、母国エレメンティーナよりこの国の異常を確かめに来た乙女座の加護者です。今まで隠していてごめんなさい。守護者のカーネリアンから聞いています。貴女も、加護者なんですよね?」
どうりでいとも簡単に高位精霊を召喚出来る訳だ。クレイが補足する。
「メイと一緒さ。女王からの秘匿任務。彼女も素性を隠す必要があった。最初は互いに素性を隠していたんだけど、迷宮攻略の前、白猫が現れてね。アメジストに言われて驚いたよ、この子が加護者だって聞いて」
「フフ……そうだったの。ええ、天秤座の加護者、メイ・ペリドッドよ。改めてよろしくね、カルア」
「はい、よろしくお願いします、メイさん!」
白猫? もしかして、トルマリンがこないだ見ていたあの猫か。私だけ知らなかったという事実に思わず笑みが零れてしまう。解析には自信があったのだけれど、私もまだまだね。
『クレイ様……助けて……クレイ様……』
「え? 今の声は……まさかっ!」
何処かで聞いた事がある高い女性の声。十一階層洞穴の奥から聞こえて来る。壁から生えた触手のような何かに身体と四肢を縛り付けられている。産まれたままの姿で苦悶の表情を浮かべた女性は、私がよく知る女の子だった。