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Ⅳ とある青年の憂鬱 10 クレイ・アクエリアス 迷宮攻略①

「くっ、これじゃ足りない」


 広大なラピス教会中央セントレア支部が所有する土地の中、ゴツゴツした岩盤に囲まれた人気のない場所。岩盤には無数の穴がいており、出来立ての穴からは弾丸が捩じ込まれたかのように蒸気が出ている。


「僕色に染まれ! 水戟創造すいげきそうぞう


 いつもの指先からビー玉のような水球を指で弾いて飛ばすやり方ではなく、大気中の水蒸気を集め、凝縮させた水の弾丸を空中へ創り出し、一気に岩盤へ向け飛ばす。岩をも砕く無数の弾丸が人一人程の大きさをした岩盤へ捩じ込まれ、岩盤はガラガラと音を立てて崩れ落ちた。


「まだだ。これじゃあ僕色に染まってはくれない」


 やがて、朝を告げる陽光が大地を照らし、一日の始まりを告げる。今日の早朝訓練はここまでのようだ。教会へ戻る支度をし、僕は虚空を見上げる。


「マイ……何処へ行ったんだ……」


 あの事件以来、マイは行方不明だ。色んな女性を見て来たが、彼女とは何故か波長があった。幼い頃両親を失い、彼女も壮絶な過去を持っていたようだ。夜に僕と円舞曲ワルツを奏でる一方、裏で闇へと潜入し、僕へ情報を伝える役目を果たしてくれていた。


「何か事件に巻き込まれていなければいいんだけど……」


 忌まわしい妄想を掻き消し、僕はこの日教会へと向かった。そして、昨晩より起きていた魔物の襲撃、迷宮での異変を知り、天秤座の加護であるメイ・ペリドッドと接触し、今に至る。


「メイ・ペリドッド、彼女は情報を伝えるだけできっと単独で動いてくれる筈。さて、僕も冒険者ギルドへ向かうとしますか」


 僕も身仕度を整え、教会を出発する。門のところで先程まで職務を全うしていた僕の守護者が出迎える。


「あなたは自由でいいわねぇーー。困るのよね。これだけ負傷者ばかり出て来ると、私暫く教会から動けないじゃない」

「だから、僕が動くんだろう、アメジスト? 君にとって、あの迷宮での異変は想定内かい? それとも……?」


 守護者の深層心理を探るかのように、僕はベールに覆われた彼女の顔を覗き込む。


「まぁ、何か動くだろうとは予想していたわよ? でも予定より早いわね。面倒な事にならなければいいんだけどねぇ~~。クレイ、あなたも気をつけなさいね?」

「分かってるよアメジスト。何かあったら後処理は誰かさん・・・・に任せて、僕はさっさと逃走するさ」


 こうして僕はアメジストを置いて、単身で冒険者ギルドへと乗り込む。さてと、綺麗な女の子でも適当にパーティへ誘って、一路迷宮ダンジョンへ乗り込むとしますか。


 高い天井の開放感あるエントランスホールは、多種族多職種の冒険者達で賑わっている。アルシューン公国冒険者ギルド。エントランス横には巨大な掲示板へランク別の依頼クエストが並んでおり、目星の依頼を見つけた冒険者は依頼クエスト受注番号を受付へ伝え、条件を満たしていれば受注が可能となる仕組みだ。


「お、居た居た。ん? あれは?」


 外套を羽織っているとはいえ、ゴスロリメイド服のような上半身に魔女っ子のような裾の短いスカートは遠くからでも彼女を認識出来る程目立つ。むちむちの太腿に、溢れんばかりの果実、端麗で美しい容姿に周囲の冒険者は釘付けだ。


「なぁ、嬢ちゃん。その依頼クエスト、四人パーティじゃねーと、受付出来ねーぜ。なんなら俺様があんたのパーティになってやってもい……なっ!?」

「死にたくなければ私の前から消えなさい……」


 ムキムキ大男の胸元へ掌へ突如出現させた氷の刃を突き付け、冷徹な表情で嗤う彼女。それでこそ僕のメイちゃんだ。その醸し出す空気に下心丸出しの冒険者共は諦めたのか、メイちゃんから離れていく。


「あ、あの……! よかったらうちとその依頼クエスト受けませんか! うちもその依頼を一緒に受けてくれる仲間を探していて……」

「悪いけど、私は誰とも組む気はないの……他をあたってくれる?」


 凄いな。あの状況下でメイへ話しかける子が居るなんて。しかも容姿からしてエルフの女の子だろう。背は低め、露出度の高い若草色のチューブトップに隠された果実は、育つ前のなだらかな蕾。鶯色の髪からアンテナのように飛び出たツインテールがピョコピョコしている。


「そ、そんな! でも貴女も一人なら、その依頼受けられませんよ? うちと手を組んだ方が得策ですよ。きっと、きっと間違いないですよ!」

「初対面の子へ優しく出来る程、人は出来ていないの。私は自分でなんとかする。ごめんなさいね」


 エルフの子が飛び跳ねる度に赤いスカートがヒラヒラ揺れる。この子、見ていて面白い動きをするな? それにしてもメイちゃんは一人で受注出来ない依頼、どうするつもりなんだ?


 受付で暫くやり取りしていた彼女は、やがて、踵を返し、エントランスホール入口へ向け、歩き出していく。


「ほらー、だから言ったじゃないですか、受注出来ないって!」

「死にたいの? 私に近寄らないでくれる?」


 ピンと伸びていたエルフの耳がしゅんと折れる。何もそこまで言わなくてもいいのに。きっと依頼が受注出来ずにイライラしていたんだろう。彼女が冒険者ギルドより外へ出る様子を見届け、途方に暮れている冒険者エルフへ声をかける。


「へぇーシルバーランクか。僕と同じだね」

「えと……ナンパなら、間に合ってますから」


 僕の腕をするり抜け、逃げようとする彼女。ちょうど傍にあった柱へ左手を添え、彼女の可愛らしい顔へ僕の顔を近づける形で行く手を阻む。


「こんな可愛い顔の子があんな迷宮探索の依頼クエストを受けるなんて危険だよ。僕がボディーガードも兼ねて仲間になってあげるよ」

「ちょちょちょ……近い! 近いですから!」


 酷く慌てた様子で両耳を真っ赤にするエルフ。閉塞感から解放してあげると、暫く彼女は胸を押さえて呼吸を整えていた。


「いや実は、僕もその迷宮探索依頼クエスト、是非受けたくてね。ちょうど仲間を探しているところだったんだよ」

「そ、そうですか。分かりました。予定とは違いますが、あなたとパーティを組む事にします」


 こうして僕とエルフの女の子は握手を交わす。冒険者ギルドのエントランスホールにて、鶯色のツインテールがピョコピョコしていた。ギルド入口より白猫が僕達の様子を静観していたのだが、この時の僕はそんな白猫の存在など知る由もなかった。


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