「似合ってますか……ハルキ様？」

「え、嗚呼もちろん……似合ってるよ」

　長く艶やかな金髪ブロンドヘアー、春に咲く花のような暖かい蒲公英たんぽぽ色、プリンセスドレス姿のパフェはとても美しく、思わず俺も生唾を呑み込んでしまう。

「ハルキ様……そ、そんなに見つめられると、恥ずかしいです……」

「あ、ご、ごめん」

　パフェにそう言われ、慌てて目を逸らす俺。

「フォッフォッフォ。ハルキ殿はまだまだお若いですな」

　モノクルの金縁に触れつつ、スミスが笑顔でその様子を見守っている。

　この後パフェが、最強執事であるスミスへアルシューン公国での出来事を、俺の活躍十倍増し位に誇張して紹介する。楽しそうに語るパフェの解説を、相槌を打ちながら聞いている白髪の男。

（いやいや、なんか上級魔族を一撃で吹き飛ばしたような事になってません？　あー、パフェさーーん、それ以上盛るのはは止めて……）

「と、それはもう素晴らしい活躍だったんですよ！　スミスにも見せたかったわ！」

「そうですか、そうですか。ハルキ殿、大活躍でしたなぁ……」

　相変わらず笑顔のスミスへ苦笑するしかない俺……。

「で、スミス。そっちの首尾は・・・・・・・どうだったの？」

「え？　ガーネット、それってどういう……？」

　パフェの話がひと段落したところで、ガーネットが話題を振る。あれ、スミスって呼び捨て？　あれだろうか、王女が不在の間どうだったかという話だろうか？

「ええ、何も問題はありませんでしたよ。ハルキ様が粛清した冒険者と繋がっていた賊も騎士団の者が全て捕らえました。残念ながら一部の商人と冒険者は上級魔族により奪われてしまいましたが……」

　成程、このスミスという男。元騎士団長というだけあって、国で起きている事象をほぼ掌握しているという訳か。もしかして、依頼主って、王女の名を借りたこの男なのではなかろうか……ガーネットはそれを知っていて……？

「待って下さいスミスさん。奪われた・・・・とは、どういう事ですか？」

「食べられたのよ」

　ガーネットから思いもよらない言葉が飛び出す。

「え？」

「一部の上級魔族は人間を食べるのよ？　欲望に呑まれ、闇に染まった人間なんて嗜好の逸品らしいわよ？　嗚呼勿論、メイちゃんのように、そうじゃない子もたくさん居るわ」

　一瞬メイの顔が脳裏に浮かんだ俺の様子を察してか、ガーネットが補足しつつ解説する。

「そのアルシューン公国で粛清された上級魔族の背後に、更なる闇が潜んでいる可能性は否めないですな。王女様を暗殺しに来る間抜けな輩がおりました故。某が返り討ちにしてやりましたがな。フォッフォッフォ」

「私……この願星ギフトのせいで知らぬ間に悪い人から狙われていたんですね……」

　磊落らいらくに笑うスミスの横で影を落とすパテギア王女。

「その治癒能力は喉から手が出る程欲しいでしょうからね。相手国が持つ力なら、自分の者にしたいか、或いは消したいか。特に魔族にとっては神聖魔法は天敵でしょうしね」

「心配せずとも王女様、某がおります故、安心して下され」

「ありがとうスミス！」

　王女の表情に華が咲く。この最強執事が傍に居たのなら王女は安心だろう。きっと王女がお城を抜け出している間も、あのゴンザレスとかいう鷹の目で見守っているのではなかろうか？

　王女不在の間、最強執事スミスは、宝石箱入り王女様プリンセスインラピスという王女のイメージを最大限利用し、彼女が自室へ引き籠っているよう仕向けたらしい。

「それでも当然有事はありますからな。その際は某の有能なパートナーがうまくやって・・・・・・くれました。おや、そろそろ頃合ですな」

　スミスがそう告げるとほぼ同刻、入口の扉がノックと共に開き、美しい金髪を靡かせ、若草色のプリンセスドレスを身につけた女性が入室する。

「スミス。ラピス教会トルクメニア支部、司祭達との会食を終え、王女パテギア、只今戻りました」

　部屋の入口で恭しく一礼する王女……そして、スミスの横にも先程笑顔の華を咲かせていた王女……。

「え？」

「え？」

　王女の自室にて、二人の第二王女パテギアが、顔を合わせた。

「なっ。どういう事だよ!?」

「フフフ……成程、そういう事ね」

　若草色と蒲公英色、身に着けたドレスの色以外は全てが瓜二つ。そっくりというレベルではない。王女そのものなのだ。しかし、そんな二人目の姿を見て、その場で合点がいった様子で頷いた者が居た。俺の守護者であるお姉さん――ガーネットだ。

「スミス……こ、これはどういう事？」

「私がもう一人・・・・？　どうなっているの？」

　同じ顔で口元へ手を当てて驚嘆する所作迄同じ。俺達と今迄一緒に居た王女様を疑ってしまいそうになる程だ。

「ななな、貴女何者ですか！」

「あああ、貴女こそ、私の姿を真似して……どういうつもりですか？」

　不安そうな表情をしつつも必死に抗議するパテギア王女様。スミスとガーネットは何か知っているようだ。状況が呑み込めない俺は彼女へ問う。

「なぁ、ガーネット。何か知っているみたいだけど……どういう事なんだ？」

「フフフ……今入室した王女様は所謂影武者よ。この子の能力をすっかり忘れていたわ。久し振りね、ブラックオニキス・・・・・・・・」

　ブラックオニキスと呼ばれた王女様は、若草色のプリンセスドレスの裾を掴み、恭しく一礼する。

「お久し振り・・・・・です、ガーネットさん。直接お逢いするのは何年振りでしょうか？」

「そうねぇ、スミスとは時々逢っていたけれど、貴女は普段影に潜んでいるものね」

　そう言うと、ブラックオニキスの全身が淡く黒い・・不思議な光に包まれる。そして、全身が影のような靄に包まれたかと思うと、ショートボブの黒髪に燕尾服、蝶ネクタイを身に着けた者へと姿を変える。

「あれ、ブレア・・・さん？」

　どうやらこの姿はパフェもよく知る姿だったらしい。

「ハルキ様、初めまして。僕の名前はブラックオニキス。スミスへ山羊座・・・の加護を与えし、創星の守護者であり、トルクメニア国を揺るがす闇を監視する存在として、活動しております。以後、お見知りおきを」

「初めまして、俺はハルキ・アーレス……って……？　え？　山羊座の守護者!?」

　想像もしなかった答えに思わず驚嘆の声をあげる俺。

「ま、そういう事ですじゃ。フォッフォッフォ！」

　王女の自室にて、初老の加護者による嗤いが高らかに響き渡るのであった。