目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
03 メイ・ペリドッド 当面の問題②

 彼氏彼女でもないのに、そもそもデートとは言わないわよね? 私はハルキをあくまで加護者として認めただけなんだけど。私は食べ終えた食器を片付け、席を立つ。


「どうしても何も、あの小僧はお前ひと筋だろう。あやつが変な真似をした時は我が小僧の魂を喰らう故、心配するな」

「そう。まぁいいわ。でも私は忙しいのよ。悪いけどスケジュールが合わないわね」


 それにしても悉く私の心理へ滑り込んで来るわね。今日は明日に備えて早く寝る事にしよう。


 審判のない夜は静かだ。静寂の中、月の灯りが街を照らす。平穏のトキを肌に感じ、私はゆっくり双眸を閉じる。


 そして、翌朝。


 平穏は喧騒と共に打ち破られる。


「メイーー! 迎えに来たよーー! ハルキだよーー」


 二階にある寝室の窓、カーテンの隙間より玄関前を覗く。元気ハツラツな赤髪短髪が私の寝ている二階の部屋を見上げ、手を振っている。サッとカーテンを閉じ、朝から溜息を吐く私。


「どうして私の家を知ってる訳? ストーカー?」


 心当たりを探してベットの下に眠る黒猫を叩き起こす。


「こら起きろエロマリン! あいつにこの家の場所、教えた?」

「ン? 小僧ノ事カ? 家ニ来タナラ、ガーネットガ香リデ探索シタノダロウ」


 ガーネット、あの守護者の仕業ね……。今度から漆黒の鎌で香りを打ち消す事を考えないといけないわね……。もう一度、そっと窓から玄関下を覗き込む。


「あっ、メイーー! おはようーー!」


 (ちょっと近所迷惑なんですけどっ! どんだけ世間知らずなのよあいつ。それに約束もしていないのに朝から家に来ないでしょ普通。学校へ迎えに来る幼馴染かよっ)


 心の中で突っ込みを入れまくる私。朝から消耗が激しい。てか、この黒レースのビスチェ姿は相当に不味い。銀髪を整え、急いでいつものゴスロリ衣装へと着替える私。慌てて玄関を開けると、満面の笑みで青年は私の登場を出迎えた。


「いやぁーー。メイ、新しい朝が来た、希望の朝だよ。という訳で迎えに来たよ。朝の支度が終わってからでいいから待ってるね。いやぁー。旅立ちの前に一緒に過ごせるなんて夢みたいだよ」

「さっきから何言ってるか全然分からないんですけど?」


 この青年は、ここまでマイペースな単細胞生物だったのだろうか? やはりあの時殺しておけばよかったのかしら?


 嗚呼、人生とは困難と後悔の連続である、かしこ。


「だって、今日デートの約束でしょ? 昨日メイがオーケーしてくれたってガーネットから聞いて飛んで来たんだよ」


 暫しの沈黙の後、私は聞き返す。


「え?」

「え?」


 これは一体何が起きているのだろうか? そう考えていると黒猫がやって来て私の肩に飛び乗った。


「マァ、ソウイウ事ダ、メイ。小僧モ王女ヲ送リ届ケルタメ、明日国ヘ還ルソウダ。最期ノ思イ出作リトシテ、付キ合ッテヤルトイイ」

「ちょっと待って! トルマリン、どうやって言い包められた訳?」


 いつものトルマリンなら、私へ迫る男が居たなら常に排除する動きをした筈。恐らくあのガーネットとかいう守護者に何かされたとしか考えられないのだ。


「我ハ何モサレテオラヌゾ、メイ」

「そういう事だからよろしくね、メイ!」


 いやいやいや、どうして勝手に決まっている訳。それに今日はサンストーンさんとのデートの約束が……。そう思っていると、彼女の意思伝達が私の耳へ届いた。


『メイさん、大変です。アルシューン公国北のノスティア領にて魔物が出現しまして、レオとヴェガ、そして私も出向く事になってしまいました。デートの約束ですが、またの機会にさせて下さい。あ、昨日言ってたお店。サンストーンの名前で二名、予約しておりますので、トルマリンか誰かとよかったら行って下さい。無理そうでしたら予約キャンセルします故』

「え? そんな? サンストーンさん。緊急事態でしたらむしろ私もそちらに向かいます!」


 スピカ警備隊とは先日一緒にクーデターを食い止めた間柄。国の緊急事態なら私も出向こう、そう考えたのだが。


『とんでもない! これは警備隊の仕事。貴女の仕事ではありません。ご主人様とヴェガの強さ、知っているでしょう?』

「まぁ、それはそうですが……」


『それにあそこの新鮮卵を使った〝金のプディング〟とカカオ豆を使った〝濃厚ガトーショコラ〟は絶品です。限定品を私の顔を通じて予約しております故、行って損はありませんよ?』

「分かりました。ご厚意に感謝します」


 私の天秤が、〝金のプディング〟と〝濃厚ガトーショコラ〟へ傾いた瞬間であった。


『次回の調査日程はまた追って連絡しますね。お店がメイさんのお気に入りになる事を祈っていますね』

「ありがとうございます。レオ隊長とヴェガにもよろしくお伝え下さい。ご武運を!」


 意思伝達の通話を切った私。会話している一部始終を見ていたハルキが、何か言いたそうにこちらを見ている。羨望の眼差しでこちらを見つめる彼の様子を見つつ、私はゆっくりと息を吐く。


「分かっているわね、ハルキ。これはせっかく用意された〝金のプディング〟と〝濃厚ガトーショコラ〟を無駄にしないという重要な任務よ? これは二人席を埋める事の出来ない黒猫では遂行が不可能。言っている意味、分かるわね?」

「はい、勿論ですとも! メイ、いや、メイ様、ペリドッド様! ハルキ・アーレス、その重要任務、遂行すべく行動を共にしましょうぞ!」


 ハルキと私が握手を交わす。そう、これはデートではない。互いの目的が合った事による、あくまで一時的な共闘よ。


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?