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Ⅺ 第一章 epilogue 43 メイ・ペリドッド 決意

 アルシューン公国――王都アルシューネは普段通りの日常を迎える。先日迄クーデターを謀った者達が蠢いていた事実が嘘のように、街は平穏を保っている。笑顔で石畳の整然された通りを走り回る無邪気な子供達。朝からパンケーキの店へ並ぶ多種多耳な女性客の行列。


 何気ない日常。平穏という名の宝物。

 当たり前が当たり前である事がとても大切。


 街並みを抜けた先に王都で一番立派な建物が王都アルシューネを見下ろすように佇んでいる。アルシューン公国の中心、アルシューン城。この日、とある人物に呼び出された私は、この場違いな場所を訪れていた。廊下を歩く度、ブーツの音が木霊する。高い天井を見上げつつ、私は目的地へ歩を進める。


「メイ、オ前ハ優シイナ」

「何の事かしら?」


 肩を竦ませ、私の前を往く守護者と会話をする。とぼけた風の私は彼が示した言葉の意味を本当は理解していた。先日起きた出来事。牡羊座の加護――ハルキ・アーレスの命を刈り取らなかったという顛末。だが、終焉の天秤が傾かなかった――これは紛れもない事実。彼は秘めた力を開放し、あのトキ罪を受け入れ、更にはこの世界を生きる上で罪を償うという選択を自らへ課す事で審判を乗り越えたのだ。


「マァイイ。ココダナ」

「……そのようね」


 大理石が敷き詰められた天井の高い廊下。巨大な建物を支える石柱。見上げる程の重厚な扉を開けると、白虎頭の男が出迎えてくれた。


「メイちゃん! 待ってたっす!」

「貴方に〝ちゃん付け〟される筋合いはないわ」


 スピカ警備隊副隊長ヴェガの出迎えを素通りし、隊長の執務室へと入室する私とトルマリン。そう、この日私達は、今回の事件を終え、獅子座の加護――レオ・レグルスとその守護者、サンストーンと会談の場を設けていたのである。


「メイ。そして、トルマリン。今回事件の主犯である上級魔族をよくぞ倒してくれた。君達の協力なければクーデターを食い止める事は不可能だったよ」

「いえ、レオ隊長。無事に王女の命と王都は護られた。スピカ警備隊の迅速な作戦行動あってこそ、私は使命を全うする事が出来た。感謝します」


 私は隊長へ向け、恭しく一礼する。守護者であるサンストーンが紅茶を淹れてくれるという事で、お言葉に甘える事にした。トルマリンは毎度お馴染み、温めのホットミルク@猫舌仕様だ。


「そういえば、ヴェガ。お前が共闘した赤髪の青年。メイの知り合いだったらしいぞ?」

「え? そうなんすかっ!? 炎を纏った彼の槍術、中々強かったっすよ!」


 そうか、副隊長はハルキと共闘していたんだったわね。クーデター当日の話題に触れつつ、紅茶を嗜む。柑橘系のフレーバーな香りが心を落ち着かせてくれる。


「そういえばご主人様。〝あの事〟をお伝えしておいた方がいいのでは?」

「あの事?」


 紅茶のカップを置き、狐耳をピンと立てたサンストーンの発言に眉根を寄せる私。隊長がゆっくり口を開く。


「メイ。上級魔族ジュークを審判したんだろう? 何か〝視た〟んじゃないのか?」

「その事ですか。審判には影響ありませんでしたが、彼の記憶には干渉出来ないよう強力な防御結界プロテクトが張ってあり、私の能力すら通りませんでしたよ。ですが……」


 ガラステーブル下でホットミルクをペロペロしていた黒猫がテーブルの上へ飛び乗り、妖狐の侍女へ向けこう言い放つ。


「大体ノ予想ハツイテイルノダロウ? サンストーン」

「ええ、懐かしい気配を感じました故。今回起きた一連の事件、全て彼女・・が喜びそうな事ですのもね」


 守護者同士の会話。審判を終えた後、私も、トルマリンからその〝加護者〟の話を聞かされた。


「欲望、憎悪、嫉妬、憤怒。歪んだ感情こそが上級悪魔の好物。メイ、君はそうではないのかい?」

「私はそんな悪趣味ではないわ、隊長」


 髭を弄りつつそう尋ねるレオに私は冷笑する。


「隊長ぉ~~さっきから話が読めないっす~~」


 頭上にハテナマークを浮かべるヴェガだけが、話題についていけない様子で口を窄ませていた。


「嗚呼、ヴェガには話してなかったな。あのな。商人や貴族に旨い話を持ち掛け、冒険者へ混沌胡椒カオスペッパーをバラ撒き、駒を創る。全てはあのジュークっつう上級魔族がやった事だが……。裏で人間の国を牛耳る事はあくまでジューク自身の野望だ。その真意は……」

「主により極上の食事・・を献上する事」


 ヴェガの頭上にはハテナマークが浮かんだままだ。


「え? どういう事っすか?」

「オ前ノ頭ニハ脳味噌ハツイテイルノカ」

「この黒猫、酷いっす! おいらだってちゃんと考えてるっす!」


 ヴェガはトルマリンを捕まえようとするが、両腕は空を切り、黒猫は私の肩へと飛び乗った。


「教えてやるよ。奴等はな。人間の死体・・を食べるんだよ」

「うげっ!? なんすかそれ……」


 隊長が説明をしていく内に、みるみるヴェガの表情が曇っていく。口元を覆い、嗚咽を押さえる副隊長。私も生前の肉体だったなら、同じ反応をしていたかもしれない。


「彼女は昔から欲望に塗れた人間の身体を好んで食していた。此処最近目立った動きをしていませんでしたが、どうやら単調な食事に飽きて、部下を寄越したのかもしれませんね」


 そして、クーデター前に偵察・・に来た。クーデターという人間の欲望が最も爆発する瞬間を狙い、暴動に紛れ、闇へ潜み、欲に塗れた人間を収穫する為に。サンストーンが腕を組んで分析している。恐らく、隊長も彼女も、同じ考えに到達している。


「今回残念ながら尻尾を掴む事は出来なかった。だが、もし次、そいつが王都を脅かそうとするなら、俺は斬るぜ」

「いえ、隊長。私が審判をする方が早いかもしれませんよ?」


 (私はずっと一人だった。今までもこれからも、そのつもりだったんだけどね)


 隊長と私は握手を交わす。

 この世界は残酷だ。脅威はいつ背後に潜んでいるか分からない。

 それでも抗い、生きようとする者達は確かに存在している。


「メイ、覚エテオケ。蠍座ノ加護――ルルーシュ・プルート。ソレガ彼女ノ名ダ」

「蠍座の加護――ルルーシュ・プルート」


 まだ見ぬ宿敵の名を反芻し、私は静かに双眸へ光を灯すのであった。


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