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41 ハルキ・アーレス 貫く信念③

 どこかの教室だった。

 他愛ない会話を続ける子供達。屈託のない笑顔。いつか見た懐かしい風景。並ぶ机は丈が低く、今の俺が座ったなら窮屈に感じるであろう大きさだ。


「こ……これは……」


 眼前に投影された映像は、どうやら自身が通っていた小学校の教室らしい。窓際の席に少年姿の自分自身・・・・を見つける。今の燃えるような赤い髪ではない、黒髪短髪の少年は、友人と談笑しているようだった。そんな教室へ、腰までかかる艶やかな黒髪を真っ直ぐ伸ばした美しい少女が入室する。


 しかし、彼女が入室した瞬間、教室へ異質が混ざったかのように、空気が一変する。嘲笑するかの ように小声で話し始める子供達。残響を無視し、黙って教室後方の席へと向かう女の子。机上に置かれた一輪挿しの花瓶。机にはマジックで見るにも耐えない落書きの数々が書き殴られていた。


「ひ……酷い……」


 思わずその光景に眉根を潜める俺。


『魔女が来たぞーー! 魔女は魔界へ帰れーー!』

『魔女菌がうつるわ! 近寄らないで!』

『駄目よ、黒髪の魔女と話したら呪い殺されるわよ?』


 幼い頃、俺と彼女は家が隣同士だった。でも、彼女は両親の離婚がきっかけで家を出た。その頃から彼女の母親が魔女だという噂が流れ、陰湿な虐めが始まったのである。


 無言で机上の花瓶を手に取り、そのまま自席後方、ランドセル棚の上へと置く彼女。しかし、彼女の隣席に居た女子がその花瓶を掴み、彼女の顔へ中身をぶちまける!


『あら~~こんなところに聖水があったわ~~。でも魔女はこの位の聖水じゃあ死なないわよねぇ~~残念~~』


 滴る水をそのままに黙って座る彼女。少年時代の俺も黙ってその様子を静観していた。拳を握りしめたまま、でも動かない当時の俺。


 当時の風景がこの後走馬灯のように映し出される。繰り返される日常。それでも彼女が登校拒否する事はなかった。思えば家にも居場所がなかった彼女は、どこか安住の地を求めていたのかもしれない。


 ――貴方はずっと見ていた


 脳裏に奇しくも本物の魔女となった〝審判の魔女カノジョ〟の声が響き渡る。


「俺には……勇気がなかった」


 ――詭弁ね。助ける気なんてなかった癖に


「そんな事はない! 俺は!」


 いつしか彼女は他者との接点をシャットアウトしていった。高校で数年振りに同じクラスになった彼女は、生活の為にアルバイトへ励み、誰よりも気丈に振る舞っていた。しかし、中学より彼女を知っていた同級生がSNSで魔女の噂を流した事で、彼女は高校へ進学しても尚、陰湿な虐めにあう。終わる事のない負の連鎖。どうして彼女ばっかりこんな目に……。


「君を助けたかった。俺はずっと君を見ていた」


 ――私は貴方が見ていた事実すら知らないわ。所詮貴方は傍観者の一人。つまり虐めの首謀者と同じ。


「同じじゃない。俺は!」

「それが罪だと分からないの?」


 彼女の怒号が漆黒の舞台フィールドへ響き渡る。眼前に奇しくも本物の魔女となった〝漆黒の魔女カノジョ〟が立つ。彼女は動けない俺に告げる。


「虐めが起きていた事実は変わらない。今の私には正直もうどうでもいい。でも貴方は此処へ来た。勘違いも甚だしいわ」

「メイ。本当にすまなかった……。あの時助けてあげられなくて……!」


 俺は謝罪の言葉を述べる。メイはそんな俺を哀れむような眼差しで睨みつける。


「フッ……〝虐め〟の恐ろしい所はね、〝首謀者以外の人間は罪の意識を持たない〟という事なの。首謀者は勿論悪だけど、周りの傍観者も同じだけ悪だという事に気づいていない。私に味方は居なかったの。周りはみんな敵だった。貴方も集団の一人であって、虐めていた一人と何ら変わらない」


 彼女はたった一人で戦っていたんだ。俺は何もしてあげられなかった。だから、俺は……。


「嗚呼そうだ。メイの言う通りだ。これは俺の罪だ。だからこそ、罪を償うために此処へ来たんだ! メイ、今度こそ、俺が君を護るから、だから……!」

「フフフ……アハハハハハハ!」


 突如、彼女の高嗤いが漆黒の空間へと響き渡る。彼女が鋭い視線を潜らせると共に、白銀の天秤が少し傾いた気がした。心臓を掴まれるかのような重圧が俺の身体を支配する。全身から脂汗が滲み、俺は拳を握りしめる。


「護る……ですって? 誰が護って欲しいなんて言ったかしら? 罪を償いたい? 独りよがりにも程があるわね!」

「くっ……!」


 言葉に出そうとするが、出て来ない。


「どうやらこちらの世界へ来て、少しは正義感丸出しの心で罪を償おうとして来たみたいだけど。この際はっきり言っておくわ。それは私の為じゃない。貴方自身の為でしょう?」

「……それは……」


 俺はどうしたいんだ。彼女に逢いたかった。そして、彼女をこの手で護ってあげたかった。でも、彼女は運命に抗い、自分自身で世界と戦う道を選んだんだ。俺は……何がしたい……?


「私は護って欲しいなんて一言も言ってないわよ? さぁ、どうするの? 選択のトキよ? 私は〝審判の魔女〟。罪を償うか、抗うか、此処で選ぶといいわ?」

「俺は……まだ……死ねない!」


 白銀の天秤が揺れている。まだ、天秤は完全に傾いてはいない。


「そう……だけど、正義か悪かは私が決める」

「俺を悪というならそれでもいいさ。独り善がりと言うならそれでもいい。確かに俺は君の事なんてこれっぽっちも分かってなかったのかもしれない。それならこれから理解してみせるさ! 君が残酷な世界で抗うなら、俺もこの力で世界で苦しんでいる魂を護る使命がある。俺はもう君だけに拘らない。その代わり、此処で魂を刈り取るというなら、全力で抗ってみせるさ!」


 締め付けられるかのような胸の痛みを諸共せず、全身に力を籠める。内に秘めた炎がだんだんと湧き上がる。そして、炎を奪われた槍先へ再び小さな命の焔が灯る。


「ハルキ・アーレス。残念だけど、時間よ」

「俺の魂はまだ踊り続けるさ! 火星焔槍マーズスピア――火山爆焔舞オリンポス!」


 白銀の天秤が煌くとほぼ同刻、俺の槍先から灼熱の火炎弾が出現する。メイは漆黒の鎌を振り下ろし、俺の放った焔弾と衝突し空間が爆発する! 白く発光した光が視界を遮り、何も視えなくなる。


 そして……。



「死んで……ない?」



 終焉の天秤は水平だった。あの時、彼女は漆黒の鎌を確かに振り下ろしていた。刃と柄の間に伸びていた白銀の鎖はいつの間にか消え、漆黒の鎌は元の形に戻っている。月光に照らされた審判の魔女は、俺へ確かにこう告げた。


「貴方のしがらみ。輪廻の鎖を断ち切った・・・・・。もう貴方が縛られる事はない。貴方はもう自由よ、ハルキ・アーレス」

「俺は……助かったのか……?」


 彼女は嗤わない。が、心の奥底に纏わりついていた何かが消滅したかのように、身体が軽く感じた。


「勘違いしないで。命を刈り取るに値しないと下されただけ。貴方を悪と判断したなら、今度は容赦なく貴方を裁くわ」

「そうか。俺は君に生かされたんだな……」


 彼女は気づいていたのかもしれない。俺は無力だった過去の自分自身へ縛られていた。だからこそ、この世界でもメイを護りたい、救いたいと思っていた。でも、違った。彼女はそれを望んでいない。


ハルキ・・・、私は誰の助けも要らない」

「嗚呼、俺はいつか君の隣で並んで歩く・・・・・に相応しい人間となって見せるさ」


 この日、終焉の天秤が静かに傾く事はなく、水平のまま審判者と俺の顛末を見届け、月光に照らされた閉鎖空間の消失と共に消えていったのである。


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