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40 ハルキ・アーレス 貫く信念②

「で、どうして王女様迄ついて来てる訳?」

「当然です! ハルキ様の行く末を見届けるのが私の使命ですから!」


 白銀の翼を広げ大空を超高速で移動し、風になる白銀鷲シルバーイーグル。その背中には守護者であるガーネットと契約者である俺、そして、王女様も同乗していた。


「ハルキ忘れたの? 貴方、王女様の護衛を頼まれているのよ? 先刻私の〝香り〟を掻い潜って攫われた以上、彼女は連れていくしか方法がないでしょう?」

「それにハルキ様に何かあったら私が回復させます故、ご心配要りません!」


「分かった……分かったから迫って来ないでくれ! 落ちる、落ちるから」


 身を乗り出す女性二人の勢いに気圧され、肯定するしかない俺。まぁでも王女様を危ない目に合わせる訳にはいかないからな。ここは連れていく選択肢しか無さそうだ。


「ハルキ……見て、あれ!」

「なっ!? あれは!?」


 平原に突如出現した天上まで四方に囲まれた閉鎖空間。壁面を全て星空で塗り固めたような結界。俺も初めて視る。あのガーラン卿の屋敷を囲んでいた特殊な結界とも違う。結界の中で何が起きているのかは視えない。


 (この中にメイは居るのか?)


「何なんですか……これ?」

「メイ・ペリドッドの能力、〝終焉の天秤〟による閉鎖空間よ? 一度発動すると、審判が終わるまで、外からは何者の干渉も許さない。十二ある加護の中でもかなり特異な能力」


 ガーネットが解説をする。恐らく彼女は過去この能力を視た事があるのだろう。俺が試しに火球を星空の結界へと放ってみるが、そのまま火球はブラックホールのように吸い込まれ、消滅してしまう。


 四方囲まれた結界の周囲を旋回していると、やがて剥がれ落ちていくかのように結界が消失していく。だんだんと結界の内部を確認出来るようになる。メイの姿を捉えた瞬間、白銀鷲は急降下し、俺達はメイの前へ飛び降りたのだった。


「探したぞメイ! 大丈夫か!? 無事か!?」

「あなたに呼び捨てされる筋合いはないわ、ハルキ・アーレス」





 そして……。



「いいよメイ。言葉で伝わらないなら、力と力で会話するのみだ」

「今の私は審判の魔女よ? あなたの罪、私が裁いてあげる」


 俺と彼女は互いに武器を構え、焔を纏った槍と漆黒の鎌が激突する! 王女は白銀鷲の背中に乗り、巻き込まれないよう退避している。


「ハルキ、気をつけて! 彼女の能力は解析・・。火焔を見せ続けると取り込まれるわ!」

「ガーネット、彼への助言は止めて貰おうか!」


 俺とメイの様子を見ていたガーネットへ天秤座の守護者である青年、トルマリンが掌に閃光を溜めた状態で彼女へと迫る。ガーネットはトルマリンの攻撃を回避し、移動を開始した。


「ガーネット!」

「余所見している暇はないわよ!」


 漆黒の鎌が俺の槍を振り上げ、態勢を崩した瞬間、胴体を捉えようと鎌を横に凪ぐメイ。間一髪で躱した俺はそのまま後方へ飛びつつ、槍を投げつける! メイの手前、槍が地に突き刺さった瞬間!


「戦場で踊れ! 火星焔槍マーズスピア――火焔流マーズストーム!」


 刹那メイの全身を火柱が包み込む! 灼熱の奔流が渦を成して上空へと巻き上がる。地面に突き立てた槍を抜き取り、後方へと下がった瞬間、火柱の中から何かに繋がれた・・・・・・・漆黒の鎌が伸びて来る。不意打ちを辛うじて槍で弾き返すと、包み込んだ炎によるダメージもそのままに、消滅した火焔流の中から漆黒の冷徹な妖気を纏ったメイが姿を現した。


 一続きだった柄と鎌の部分が分離し、白銀の長い鎖に繋がれている。冷たい漆黒の靄に包まれた鎌を振り回し、獲物を刈ろうとメイが言葉を紡ぐ。


輪廻の鎖リーンチェイン。これで貴方の罪を刈り取るわ」

「そうか……。メイ。君は人間……ではないんだね」


 先程王女へ放った妖気オーラで察しはついていた。死神と契約した彼女は転生した際、悪魔として生まれ変わったのだろう。


「そうよ。ハルキ・アーレス、これが私の本当の姿。上級魔族で審判の魔女。貴方が知っている芽衣は死んだのよ」

「そんなの関係ない! 栗林芽衣だろうがメイ・ペリドッドだろうが、人間だろが悪魔だろうが、俺はメイを護る!」


 その言葉に双眸を鋭く細め、メイは蔑むかのように冷笑する。


「護る? 誰が護るって? その程度の力で誰を護るって言うの?」

「俺の力はまだまだこんなもんじゃないぜ! 火星焔槍マーズスピア――焔舞旋回槍マーズスクランブル!」


 彼女の攻撃スピード相手では、槍を尽き通す事は叶わない。鎖により回転させた漆黒の鎌へ対応するため、炎を纏った槍を旋回させ、連続攻撃を繰り出した。のだが……!


「ハルキ・アーレス。終わりよ」

「炎が消えた! くそっ!?」


 槍に纏っていた炎が刹那消滅し、弾かれると共に、俺の脇腹を鎌が抉る。再び炎を槍先から放つも、彼女の鎌は炎を喰らい、俺の炎熱が届く事はない。


「分かった? 私はこの力を以て一人で生きていくの。誰の助けも要らない。私の前から消えて頂戴……!」

「まだだ……! メイ、君は一人じゃない! 俺はずっと君の事が……!」


 俺が言い終わる前に彼女の刃が右足を抉る。


「分からないの? それが貴方の罪だって事を。創星の加護の下、審判者はの者へ継ぐ。汝の罪は正義か悪か?」


 彼女が強制的に能力を発動し、広がる蒼穹は満天の星空へと呑み込まれていく。審判を見届ける満月の下、白銀の天秤が君臨する。額に汗を滲ませたまま、それでも炎を失った槍の柄を強く握る。


「俺を……裁く気なのか、メイ」

「ええ、ハルキ・アーレス。貴方の罪が裁くに値するか。ここで見極めてあげる」


 彼女の妖気が俺の頸元を撫でるかのように纏わりついて来る。これが終焉の天秤が支配する世界なのか。

 全く身動きが取れない。これも終焉の天秤による能力なのか?


「ハルキ・アーレス。視せてあげるわ。汝の罪を」

「なんだって……!」


 彼女が持つライトグリーンの双眸に意識が吸い込まれていく。同時に終焉の天秤によって投影された景色が俺の脳裏に滑り込む。そして、俺の意識は映し出された世界へと没入していった。




 俺の意識が世界から隔離されようとしていたそのトキ、二人の守護者達も対話を続けていた。


「トルマリン、審判に私情を挟む事は禁則事項の筈よ?」

「ガーネット。お前こそ、何故数居る契約者候補から彼を選んだ? 彼を選んだ時点でこうなる事は分かっていた筈だ」


 電解力を全身へ纏った天秤座の守護者――トルマリンの迎撃はガーネットよりも疾い。彼女が彼の攻撃を回避出来ている理由――それは彼女がグラジオラスオドルにより自身の速度と知覚を最大限引き出しているからだった。


「それは分かっている筈よ、彼女が特異点ならば、彼は運命を変える事の出来る希望の星であり、開拓者。ハルキはメイちゃんにとっても重要な存在」

「重要な存在かどうかはメイが決める!」


 トルマリンが雷套から放射状に雷撃を放ち、回避不能の全方位攻撃を受けたガーネットの身体が吹き飛び、地に伏してしまう。


「お前を殺すつもりはない、そこで顛末を見届けるんだな」

「貴方もね、トルマリン。創星魔法、援助力・カレンデュラオドル!」


 鼻腔を支配するかのような強烈な芳香が、突如二人を取り巻く大気を包み込む。


「我に芳香による意匠効果は期待出来ないぞ、ガーネット」

「そうねトルマリン。でもこの〝香り〟はひと味違うわよ?」


 不敵な笑みを浮かべるガーネットを背にし、天秤座の守護者は契約者の下へと向かおうとしたのだが、死神の動きがピタリと止まる。


「なぜ……動けない」

「カレンデュラの花言葉は〝絶望〟。そして、この香りは〝空間〟へと作用する。絶望に呑まれた空間は、何者をも縛るわ。並の人間なら絶望に押し潰されてしまうでしょうね。尤も、メイちゃんなら、香りを打ち消す事は出来るかもだけどね」


 こうして肉薄した状況の中、二人の守護者は互いに視線を交錯させるのだった。


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