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Ⅹ 断ち切られる鎖 39 ハルキ・アーレス 貫く信念①

「くそっ、一体どうなってる!?」


 煉瓦調の巨大な建物、中央には唐栗時計が配置された道標になりそうな施設。アルシューン公国――冒険者ギルド裏手に大量の魔物が出現していた。たまたま近くに居た冒険者とクーデターを警戒していたスピカ警備隊隊員が魔物の群れと交戦する。そして、俺は眼前の獲物――高位種ハイグレイドの魔物、トロールと対峙していた。


 アルシューン公国第一王女であるアレキサンドル王女生誕祭。装飾が施された王都はお祭りムードだった。だが、先日パフェの願星ギフトを目の当たりにした後、水瓶座の加護――クレイからクーデターの話を聞いた俺はこの日、街へ出て警戒に当たっていた。


 尚、ガーネットとパテギア王女はセントレア支部のラピス教会に居る。クレイの守護者であるアメジストもシスターとして待機している。クーデターによって被害が出た場合、回復役が必要となるからだ。


 巨漢が一歩一歩迫るだけで大地が揺れる。同じ高位種でも、先日倒したミノタウルスよりもさらに巨躯な肉体。スピードは奴等よりも劣るが、他のステータスはミノタウルスを軽く上回る。


「少しは戦場で踊ってくれよ! 火星焔槍マーズスピア――焔舞旋回槍マーズスクランブル!」

「グォオオオオオ!」


 炎を纏った槍を素早く回転させ、トロールの体躯を斬り刻んでいくが、大した致命傷にはならず、憤ったトロールが咆哮しつつ棍棒を振り下ろす! 斜め後方へ飛んでかわすが、振り下ろした棍棒による風圧で飛ばされそうになる。続けて横に凪いだ棍棒が俺の槍とぶつかり、相手の力で後方へ弾き飛ばされた俺は、そのまま冒険者ギルドの壁に激突してしまう。


「くっ、力は相手の方が上かよ……。ミノタウルスの方がよっぽど楽だぜ」


 体躯を燃やした炎を諸共せず、迫り来る肉達磨。更にはやく旋回し、棍棒を持つ腕へ火焔の一閃をお見舞いするが、腕を斬り落とす事は出来ず、棍棒を振りぬく風圧で再度飛ばされてしまう。


「なんつー力だ。これは埒が明かねーな。ガーネットが居れば肉体強化で一発なんだが……」


 こういう時、ガーネットの強化バフ魔法は有能だ。彼女をラピス教会へ配置した理由も、回復力が追いつかなくなった場合、彼女の力で能力強化を付与する事が出来るという意図もある。ここは俺一人でなんとか食い止めなければいけない。


「あんさん、苦戦してますね! おいらが手伝ってやるっすよ!」

「え? あんた誰だ!?」


 いつの間にか腰にレイピアを携えた白虎頭の若い男が立っていた。軽鎧を纏う格好からしてスピカ警備隊の者か?


「おいらっすか? おいらはスピカ警備隊副隊長、白虎族のヴェガっす! 魔物倒すのは警備隊の仕事っすよ! あんさんは?」

「俺はハルキ・アーレス。隣国から来た冒険者だよ。眼前に魔物が居たら狩る。冒険者の鉄則だろ?」


 獲物を前に、互いに軽く自己紹介をする。こんな軽いノリの男が副隊長? そう思っていた矢先、トロールが巨大な棍棒を両手で持ち、思い切り地面へ叩きつけた! 地面が抉れ、風圧と共に隆起した岩盤と土砂が波となって俺達に襲い掛かる。素早く旋回した俺とヴェガは、左右から槍撃と剣戟を加え、再び距離を置く。


「あの肉達磨分厚いっすねーー。普通に突き刺しても攻撃通らないっすね」

「嗚呼、俺の炎を浴びてもあれだからな。……来るぞ!」


 再びトロールが棍棒を横に凪ぐ! 強烈な風圧が俺達に迫る。しかし、飛んで躱そうかと思った矢先、俺の前へヴェガが出る。


願星ギフト――震撼透過しんかんとうか伝震咆哮バイブルハウルっす!」

「願星だって!」


 突如ヴェガが口腔を開き、咆哮と共に圧縮された空気のような物を放出する! この副隊長、願星持ちか。棍棒によって起きた風圧は相殺され、同時にヴェガが走り出す。


「ハルキの旦那! ちょいと肉達磨の攻撃を惹きつけて貰えるっすか? おいらに考えがあるっす!」

「何か分からないが分かった」


 ヴェガに続いて俺もトロールとの距離を一気に詰める。振り下ろされる棍棒による風圧をヴェガが相殺した瞬間、俺は奴の背後に廻り込み、がら空きの背中へ思い切り槍撃を打ち込む!


火星焔槍マーズスピア――焔舞旋回槍マーズスクランブル!」

「グォオオオオオ!」


 背後からの不意打ちに猛り狂うトロールがこちらを振り向こうとした瞬間、ヴェガが右側よりトロール目掛け、レイピアを突き立てる。


「遅いっすよ! 震撼透過――震撼刺突バイブルストレートっす!」


 次の瞬間、トロールが目を見開く。ヴェガがレイピアを突き立てた先はトロールの体躯でも四肢でもなかった。真っ直ぐ突き立てたレイピアは棍棒へ刺さり、内部から強烈な振動を加えられた事で、棍棒に亀裂が入り、見事に粉砕・・されたのだ。


「ハルキの旦那! 外側から通らないなら、内側からっすよ!」

「成程ね。流石は副隊長だ」


 武器を失ったトロールが腕を振り下ろし、脚で踏みつけようとするも、亀のような動きで俺とヴェガを捕える事は叶わない。更に副隊長はトロールを仕留めようと仕掛ける。


「ハルキの旦那、耳塞いで下さい! 震撼透過、伝震咆哮バイブルハウルっす!」


 トロールの肩へ素早く飛び移り、耳元で思い切り咆哮するヴェガ。耳を塞いでいても鼓膜が破れそうになる劈くような音。零距離で片耳に強烈な音による攻撃を叩き込まれたトロールは酩酊したかのように脚がふらつき、最早立っているのがやっとの状態だ。


「三半規管を揺らしたっす! 旦那、仕留めるっす!」

「おーけー! 終劇だよ肉達磨、火星焔槍マーズスピア――火山爆焔舞オリンポス!」


 トロールのだらしなく開いた口腔へ槍先を突き刺し、そのまま灼熱の爆撃をお見舞いする。内部で爆発した火焔弾はトロールの頭蓋を破壊し、脳髄ごと粉々に吹き飛ばした。支えを失った巨躯はそのまま地面へ頽れ、震動と共に地へ伏したのだった。


「旦那流石っす! 炎熱いっすね。ナイスっすよ!」

「あんたの震動による攻撃も凄いな、ヴェガ!」


 ハイタッチを交わし、眼前の獲物を仕留めた事に歓喜する俺とヴェガ。この副隊長とは仲良くやって行けそうだ。すると俺の脳裏にパートナーからの意思伝達が滑り込んで来る。


『ハルキ大変! メイちゃんに付けていた〝香り〟が今しがた移動したの! もしかしたら私達が追っていた首謀者と接触したのかも』

「な、なんだって! 彼女は何処へ行ったんだ!?」


 突然会話を始めた俺を見て、ヴェガも不思議そうな顔をしている。 


白銀鷲シルバーイーグルで向かえばまだ間に合うかも! 今すぐそっちへ行くわ』

「分かったガーネット、頼む!」


 意思伝達による通話を終えると、副隊長が話しかけて来る。ここにスピカ警備隊の幹部が居てよかったかもしれない。


「誰と話してたっすか? 旦那、何者っすか?」

「ヴェガ、スピカ警備隊の隊長とやらへ伝えてくれ。俺の知り合いがクーデターの首謀者と接触したみたいだ。俺は今すぐそちらへ向かう!」

「ちょっ、声大きいっす! どうしてクーデターの事知ってるっすか!? わ、わかったす!」


 ガーネットと合流するまでの短時間でヴェガへ最低限の事を話し、俺は急いで西方へと向かうのであった。


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