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36 メイ・ペリドッド 審判の刻②

 パレードは滞りなく行われた。路地裏より双眸を光らせ、周囲の悪意を監視しているが、ここまで私は一切手出しをしていない。私の想像以上にスピカ警備隊は優秀であった。尚、ヴェガの伝令力によって、パレードの裏で行われている出来事は全て私の耳へと届いている。


『こちらセントラリアB01地点。魔法具にて爆破テロを起こそうとしていた冒険者を拘束しました』

『こちらアルシューネ北公園、時計台より弓矢で王女を狙うエルフと交戦。拘束しました』

『セントラリアC05地点、斧を持った荒くれの暴走により市民数名が負傷。荒くれは隊員と交戦の上、死亡。怪我人をラピス教会へ緊急搬送します!』


 何名か負傷者は出てしまったようだ。だが、前回の爆破事件のような大きな事件にはなっていないらしい。スピカ警備隊は最低でも冒険者ランク――シルバーランク以上でないと隊員になれないという。街中を優秀な警備により護られているこの状況で、恐らくこれ以上のクーデター行為は難しいだろう。


「各地で事件を起こし、混乱に乗じて王族を抹殺するつもりだったんでしょうけど……」


『C08地点にて悪意を観測。隊員、銀色の軽鎧を着た冒険者です。捕えて下さい』


 成程、作戦実行時に彼女は真価を発揮するという訳ね。今しがた聞こえた声はレオの守護者であるサンストーンの声だった。


「サンストーンハ太陽ノヨウニ寄リ添ウ。彼女ノ感知能力ト虎頭ノ伝令力ヲ相乗サセタノダロウ」


 獅子座の守護者、サンストーンの能力――自身の能力を他人の力へ重ねる、或いは付与する事で、より強力なモノへと進化させる事が可能らしい。自身の悪意を感知する力をヴェガの伝令力とを重ねる事で、有効範囲テリトリーを最大限拡げている今の彼女に恐らく死角はない。


 一角聖獣ユニコーンが牽く天井が吹き抜けとなったイベント用の馬車に王女が座り、王女を一目見ようと集まる者へ手を振っている。王女の横にはお付らしき者と……。


「え? レオ隊長?」


 スピカ警備隊隊長は王女暗殺を防ぐべく絶好の位置へ配備されていた。これではクーデターなんてあったもんじゃないわね。恐らくレオが放つ覇気だけで、飛んで来る矢や魔法も弾き返してしまうのではないだろうか? 厳重な警備態勢が功を奏し、パレードはメイン通りを一周し、無事事なきを得る。


「意外とあっけなかったわね」

「ソウダナ」


 クーデターという噂自体が幻想だったかのように、燻る火種は次々と未然に防がれていく。


『冒険者ギルド建物裏手に魔物多数出現。初級種ラブグレイド――ゴブリン十体、低位種ローグレイド――ゴブリンメイジ五体、レッドファング五体、中位種ミドルグレイド――エビルオーク三体、高位種ハイグレイド――トロール一体です! 近くの隊員は現場へ急行して下さい』


 サンストーンが素早く警鐘を鳴らす。恐らくはパレードで王女の暗殺を未然に防がれた事が原因。ようやく動き出したわね。中位種迄の魔物は全く問題ないだろう。警戒すべきはトロール。三メートルはある巨漢から放たれる棍棒を振り下ろすだけで、人間の頭蓋を潰し、横へ凪ぐだけで風圧と共に上半身を吹き飛ばしてしまう程の力。さて、どうするべきか。


『えっ? 冒険者らしき人物が一人、トロールと交戦中! 赤髪の青年です』


 (ちっ、|悉《ことごと》く私の意識に割り込んで来るわね……)


 思わず舌打ちしてしまう私。私の意識に割り込んで来るなんて、あいつは何がしたい訳?


「きゃぁあああああ! 助けてーー」


 恐らく出現した魔物がメインストリートへ流れて来たのだろう。兎人族バニーの女性が魔物に気づき、悲鳴をあげる。ゴブリンメイジがインカローズによる火球を放ち、女性の眼前まで燃え盛る火球は迫っている。


「罪もない住民を襲う魔物よ。汝らは裁く価値すらない」


 須臾の間に兎人の前へ立ち、左腕で火球を振り払う。腰から砕けた女性の前に立ち、魔法を防がれ発狂するゴブリンメイジ目掛け右腕を翳す。


「創星魔法、漆黒力・シャドゥランス!」


 私の掌より放たれた漆黒の槍がゴブリンメイジの体躯を貫き、魔物の身体は黒い靄となり消滅する。安全を確認したところで振り返ると、腰から砕けた兎人バニーは自身の両手を握り、祈りのポーズで私をまじまじと見つめていた。


「お、お姉様。ありがとうございます」

「立てる?」


 兎人は頬を赤らめたままお礼を言う。正体を隠しているため、街では私の加護としての能力は使えない。魔法での戦闘がメインとなる。漆黒の鎌も隠したまま。今は魔女ではなく、冒険者メイとして行動するのみ。


「さて、どうしたものか」

「メイ、迷ッテイルノカ?」


 それまで一連の事象を静観していた黒猫が私の肩に乗る。迷ってはいないわ。トロールは強敵だけど、加護持ちなら気後れする相手ではないだろうし、今私がそちらへ向かうと敵の思う壺だ。なぜなら……。


 ――敵の思惑は別の場所にあるから。


『メイちゃん大丈夫っす! おいらがトロールやっつけるっす! あの青年中々やるっすね!』

「ヴェガ、お願い出来る?」

『了解っす! おいらの出番っすね!』


 敵を倒すという目的は皆同じ。今は私情を抜きにして、王都に迫る危機を回避する事が最優先事項。私は冒険者ギルドを背にして走り出す。そして……とある店の扉を開けた。


 カランコロンと店内に鳴り響くドアベル。


「おや? メイちゃん。残念だけど今日は王都の祭で店休日だよ?」

「ええ、知っているわ。貴方へ逢いに来たの、マスター・・・・


 カウンター奥にて珈琲豆を焙煎していたマスターは、私へ向け優しく微笑むのだった。


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