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34 レオ・レグルス おっさんとパンケーキ④★

「ヴェガ! 伝令力で今すぐ隊員達を呼べ! サンストーン、表へ回るぞ」

「隊長了解っす!」

「畏まりました!」


 冒険者ギルド近くに位置する宿屋だけあって、此処は利用者も多い。表へ回ると、運び出される怪我人と逃げ惑う宿泊者、宿屋を取り囲む野次馬で宿屋前は既に混沌パニック状態だった。


「スピカ警備隊隊長レオだ! どうなってる!」

「レ、レオ様! 食堂と客室の一室で爆発が起きたんです!」


 入口付近でオロオロしていた宿屋の主人を捕まえて、状況を確認する。到着した隊員と無事だった冒険者達がラピス教会へ怪我人を運び込み、上階の消火作業と残った客人の避難を開始していた。


「駄目ね、犯人の痕跡が消えている。喫茶店の時と一緒ね。恐らく自爆覚悟で爆発事故を起こした。犯人は恐らくもう……」


 ライトグリーンの双眸を光らせ、状況解析する彼女は冷静だった。そして、その隣で俺の守護者も行動を開始する。


「宿屋一体を結界にて一時的に保護。宿屋内の安全を確認。周囲にこれ以上の悪意は感じられません。念のため、暫くの間監視します」


 耳をピンと突き立てたサンストーンは太陽のように輝く橙色の瞳を光らせる。メイの解析・・能力と違って彼女の場合は感知・・能力になるんだがな。すると、宿屋全体を見渡し、解析していた彼女が、爆発した客室の方向を見つめた瞬間、訝し気な表情となり固まってしまっている。


「なぜ……あいつが……」

「おいメイ、どうした!」


 メイの肩へそっと手を触れると、ビクンと跳ね上がった彼女が我に返る。


「い、いえ、何でもありません」

「そ、そうか……」


 そう言いつつも彼女は唯々一点を見つめていた。


「……どうして私に関わろうとす……」


 彼女が最後何か呟いたような気がしたが、俺は聞き取る事が出来なかった。




 後に宿屋を爆発した者は宿泊していた数名の冒険者であったと分かる事となる。


 生誕祭前日、王族及び貴族達を招集し、一連の事件に伴う緊急会議が行われたが、メイの予想通り、生誕祭を中止するという結論には至らなかった。むしろ、爆発事故を未然に防げなかった責任をスピカ警備隊へ転嫁する始末。結果、生誕祭を成功させるため、俺達は厳重な警戒に当たるよう王家より指示を仰がれる事となった。


 警備隊の宿舎、談話室にて、警備隊幹部を集め、当日の作戦を伝達する。作戦会議を終えた俺のために、サンストーンが紅茶の準備をしている中、ソファーに座る俺へヴェガが話しかけて来た。


「あんないつどこで爆発するか分からないものをどうやって止めろというでやんすかねぇ~~」

「まぁそういうなヴェガ。国の治安を護る、それが我々の仕事だ。王家だけでなく、国民もきっと『警備隊は何をしているんだ』と思っているだろうさ」


 不満が溜まった時、民衆は何が原因か考える。『自分達が苦しいのは税金を多く徴収する貴族が悪い』『それを許している国家が悪い』『上級貴族だけが悠々自適な生活をしている』『王家は何もしてくれない』と。


「でも混沌胡椒をばら撒いた商人、貴族、クーデター。それが全部繋がっていて、しかも上級悪魔が背後に潜んでいるなんて、とんでもない話っすね」

「いや、そうでもないさ。元々国民の中で燻っていた不満や鬱憤。そういった鬱々とした感情を上級悪魔が見逃す筈はない。上級悪魔にとって負の感情は、嗜好の逸品だろうからな」


 苦難から逃れようと、民衆は何かに縋る。それは女神なのか英雄なのか。そして、弱き者は現実逃避を始める。闇ルートで蔓延しつつある混沌胡椒は苦しみから逃れるために悪魔が用意した甘い蜜だった。一度使ったが最後、逃れる事の出来ない負の連鎖スパイラル。誰かが止めなければ、遅かれ早かれ国家は転覆する。


「メイちゃんは犯人の目星ついてるんすよねぇ?」

「教えてはくれなかったがな。俺達がクーデターさえ阻止したなら、後は彼女がうまくやるって事なんだろうよ」


 天秤座の加護――メイの協力により、だいたいの状況は掴めて来た。まぁ、彼女も完全にこちらを信用してくれている訳ではないようで、必要最低限の情報しか与えてくれなかったが。


「まっ、スピカ警備隊、真の実力を発揮する時が来たようだな」

「御主人様、気合が入ってますね。やはりパンケーキを食べたお陰ですね」


 俺とヴェガの前へ紅茶を運ぶサンストーン。当日は彼女の力も借りる事になるだろう。


「パンケーキで元気百倍のサンストーンには明日働いてもらうからな!」

「勿論ですとも御主人様。私は準備万端ですよ?」


 耳をピンと立てて胸を張る獅子座の守護者。ヴェガが横から『おいらも元気百倍っすよーー』と割り込んで来る。


 明日がいよいよ決戦のトキ。網は張った。後は犯人が炙り出されるのを待つのみだな。


「あ、そう言えば御主人様、一つ気になる事がありまして……」

「ん? 何だ?」


 向かいにサンストーンが座り、俺に申し出る。


「以前と姿が違ったため気のせいかもしれませんが、パンケーキの店に昔馴染みが居た可能性がありまして」

「ん? 昔馴染み? あの黒猫じゃなくてか?」


「はい、トルマリンは昔から黒猫ですので。私は感知に長けています故、あの場で既視感を覚えまして。それが誰なのか迄は特定出来ませんでした。もしかすると以前と姿形を変えている可能性があります」

「おいおい、あの場に加護を持った者が三人も居たって事か」


 これが偶然なら凄い確率だな。でもそいつが接触して来なかったという事は何か理由があるという事か。


「加護を与えられし者は互いに引き寄せられる。これは必然なのかもしれませんね」

「そうか、ともかく明日を無事に乗り切るしかないって事だな! よし、ヴェガ、風呂入って寝るぞ!」


 こういう時は深く考えないに限る! 試験の前日に焦っても仕方ない。それまでの準備が大事だからな。警備隊昇格試験の前日を思い出すな。


「隊長、了解でやんす! サンストーンさん、大丈夫っすよ。隊長とおいらが居れば問題ないっす」

「ふふ。そうですね。それでこそ御主人様です」


 サンストーンは思うところがあるようだが、その守護者と契約者も必要ならば向こうから顔を出すだろう。



 ――味方なら歓迎する。敵なら斬る、それだけさ。


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