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33 レオ・レグルス おっさんとパンケーキ③

「おい、待て!」

「くそっ、どうして隊長のおっさんがあんな店に居るんだよ!」


 メインストリートから裏路地を抜け、鬼ごっこを展開する犯人のウエイターと俺。


「最近はな、女子力高いおっさんも多数居るんだよ」

「そんな事聞いてねーーよ! あと少しで店の客共が狂い踊るところだったのに……」


 やはりこいつが犯人か。恐らく症状が出ていた客の動向からして今裏ルートで出回っている混沌胡椒カオスペッパー。店のメニューではなく、水が原因だとすればこいつの単独犯という事になる。やがて、冒険者ギルド近くの宿屋裏。袋小路になった場所へ追い込む事へ成功する。


「諦めたか。観念して城で全てを話すんだな」

「へっ、何を言ってるんだ。此処へ追い込んだのは俺様よ」


 ウエイターはみるみる姿を変え、全身灰色アッシュグレーの肌、耳と瞳は釣り上がり、魔物の形相へと姿を変える。人間より一回り大きく肥大化し、鋭い牙と爪をこちらへ向け妖しく光らせる。


「人を喰う魔物……グールか」

「ただのグールじゃあねーぜ? 主様へ力を与えられた暗鬼。グールジェネラル様よ!」


 グールジェネラル――成程グールなら低位種ローグレイド、ハイグールやグールマージなら中位種ミドルグレイドだが、それ以上となると……まぁ、準備運動程度にはなりそうだな。ゆっくりと背中に携えた大剣を引き抜くと同時、グールは巨大な体躯からは想像もつかない速さで飛び上がり、上空より俺の脳天目掛け爪を立てる!


「おっと、あぶねーな!」

「キシュアアアアアアアア!」


 人間の皮を容易に剥ぎ取れそうな鋭爪を大剣で受け止めた瞬間、後方へと飛び、地面に両爪を突き立てるグールジェネラル。名前がなげーな。グージェネ・・・・・と呼ぼうか。猛牙と鋭爪を用いてヒットアンドアウェイの要領で飛び掛かるグージェネの猛攻を大剣で弾き返す俺。


「おいおいそんなもんか、こっちはまだ技のひとつも出してね……」

「嘗めるな! ――邪爪連舞じゃそうれんぶ


 刹那、グージェネの爪が禍々しい妖気を放ち、目に視える紫色の刃が大気を引き裂き、俺へ喰らいつこうと襲い掛かる! しかし俺は地面へ大剣を突き立て、全身から放つ覇気で全ての刃を弾き返す!


「威風堂々――星覇者闘気アポロニアオーラ!」

「なん……だと!?」


 全身に白き闘気を纏い、俺はゆっくりとグージェネへ近づく。その間、奴が爪と牙による猛攻を放つ事数十回。全てを弾き返した俺は、無傷で距離を詰め、そして、奴に剣先を向けた。


「お前の背後に居る上級悪魔ボスの名を言いな? そうすりゃあ、俺がお前を庇護してやってもいいぜ?」

「くっ……嘗めるなぁーー! ――邪爪粉砕塵じゃそうふんさいじん!」


 グージェネの全身より放つ妖気を帯びた爪による攻撃を無視し、自身の闘気を籠めた大剣を一閃、横へ薙ぐ。奴の妖気毎、全てを薙ぐ剣戟は、暗鬼の身体を真っ二つへ引き裂き、奴の肉体はそのまま霧散した。そして……。


「ご主人様、こちらに居たのですか。会計、済ませて来ましたよ」

「隊長~~何やってるんすか~~!? サンストーンさんに話聞いてびっくりしたっすよ~~!」


 俺の侍女、サンストーンとヴェガがこちらへやって来る。背後から付いて来ている肩に黒猫を乗せたゴスロリ魔女っ子服は、あのお嬢ちゃんか。


「おう、ヴェガ、済まなかったな。あの場で説明する時間が無かったんでな」

「お店の客人は全員無事です。店内に居た怪しい者の動きも解析・・しましたが、恐らくあの店内で今後何かをする事はないかと」


 お嬢ちゃんが説明をしつつ俺の前に立ち、恭しく一礼した。


「おいおい、君は一体何者なんだ? それにあの時君は何をしたんだ?」

「その質問には私が答えます。先ずはその子が何者であるか。その子はメイ・ペリドッド様。レオ様と同じ加護を与えられし者。そして……」


 俺の質問へ代わりにサンストーンが答える。そして……。


「天秤座ノ守護者、トルマリンダ」

「うわっと。黒猫が喋ったし!」


 突然黒猫が喋り出して驚く俺。メイと俺はそのまま握手をする。


「トルマリンと私は昔馴染みです。再会は数百年振りですが。彼女は天秤座の加護を受けている。世界の均衡を監視し、安寧を乱す者へ審判を与える存在。それに伴い不随する解析能力。死神より与えらし漆黒の力で解析し、読み取った事象を打ち消す・・・・事も可能」

「う、打ち消すだって?」


 どういう事だ。それはつまり、あの一瞬で原因が混沌胡椒カオスペッパーであると特定し、更には客人の中で侵されていた者全ての毒牙を取り除いたという事か。


「それってとんでもない能力っすよねーー隊長!」

「……ヴェガお前、ちゃんと分かって発言してるか?」


 俺がまさに言おうとしていた台詞だよ、ヴェガ君。


「いえ、私の能力には有効範囲があるし、限界もある。悪意が無ければ解析不能な事も存在する。まだまだ私は未熟」

「メイハマダ加護ヲ与エテ一年。成長ノ余地ハ幾ラデモアル」


 一年でそれ程までに力を使いこなしているとはな。子供の頃に加護を貰ってモノにするまで十数年かかった俺とは大違いだな。それにしても黒猫の片言具合が気になるが、まぁ気にしないでおくか。


「でも、なぜわざわざ俺に接触して来た? 察するに君は〝審判の魔女〟なんだろう? 俺は警備隊隊長だ。国家で起きる犯罪を取り締まる俺へ接触するという事は、殺人を犯した君は、俺に拘束される可能性もあるという事だぜ?」

「あなたが今、それをする事は得策ではない。私にとって一番都合の良い相手があなただっただけ」


 成程、都合がいいね。何か考えがあるようだな。


「話を聞こうか。メイ、何が目的だ?」

「二日後にクーデターが起きる。私一人でそれを止める事は不可能。平和ボケした王族達へ進言したところで生誕祭を止める事はない。よって、スピカ警備隊の手でクーデターを阻止して欲しい。私は首謀者を私の手で裁く」


 未遂に終わったクーデターが二日後にまた起きるって事か。確かに一個人の力じゃあ止められない案件だな。


「その情報、どこからの情報だ」

「レオ隊長、あなたの予想通りですよ? ガーラン卿・・・・・からです」


 ――やはりか。


 点と点が一本の線になった瞬間だった。


「審判したのか」

「ええ、解析の結果、だいたい首謀者・・・の予想はつきました。エスプレッソと違い、ガーラン卿は表で立ち回って居なかった。ただの共謀罪。人も殺してはいない。ですから命を刈り取るに至らなかったため、記憶・・を刈り取りました」


 死神の鎌は命を刈り取るだけではないという訳か。このお嬢ちゃん、絶対敵に回してはいけない存在だな。


抜け殻・・・となれば彼が消される可能性も薄れる。そう考えた訳ですね、メイ様」

「私は使命を全うしたのみです」


 サンストーンの予測は正しい。どうやら彼女は人間を殺す事を愉しむような悪魔ではないという事だな。


「共闘は、この事件が解決するまででいいか?」

「構いませんよ。その後私を捕えに来ていただいても。その代わり私も闇に紛れるかもしれませんが」


 利害の一致による一時的な同盟という訳だな。


「メイちゃんが仲間になれば、百人力っすねーー隊長!」

「……!? 勝手にちゃん付けしないでくれる? 虎頭君!」


 背筋が凍えるような冷徹な表情で睨まれたヴェガは、蛇に睨まれた蛙のように縮こまる。


「君の申し出を受けよう。メイ・ペリドッド、宜しく頼む」

「ええ、こちらこそよろしく」


 俺とメイが再び握手を交わす。

 次の瞬間!


「なっ!」


 轟音と共に隣の宿屋上階客室の窓が爆発と共に吹き飛び、硝子が飛散する!


 パンケーキより始まったパニックは、どうやらまだ終わらないらしい。


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