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32 レオ・レグルス おっさんとパンケーキ②

「で、これが本当にその……パンケーキに並ぶ行列なのか……」


 アレキサンドル王女の生誕祭を二日後に控えたお祭騒ぎとは違う。メインストリートはパレード前の華やかな装飾や準備はしているものの、この行列はパレード見たさに徹夜で並んでいる訳ではないのだ。


「事前告知や他の甘味処で噂という名の宣伝をしておりました故、当然の結果と言えますね」


 平静を装って解説をしているが、俺の守護者であるサンストーンの種族名は妖狐。スカートをたくしあげるかのように尻尾がフリフリしているものだから目立ってしょうがない。


「おいらワクワクして来たっす」


 行列に同じく並ぶ白虎のヴェガまでもが、非日常の光景に気分が高揚しているようだ。


「本日はお並びいただきまして、ありがとうございます。パンケーキの店――カフェクラウドベリー、間もなく開店でーす!」


 明るい赤と白が基調のチェックのスカートとカチューシャをつけた兎耳のウエイトレスが扉を開けると、早くから並んでいた徹夜組が入店していく。


「パルちゃん、どうしてワタクシがこんな行列に並ばないといけなくって」

「まぁまぁ、ようやく食べられるんだから我慢してよールルー」


 日傘を差した貴婦人風の女性が抗議の声を漏らしつつ幼女を連れて入店する様子が見える。にせがまれてきっと前日から並んだんだろうな。俺も侍女たっての希望で此処に来た口だから、気持ちは分かるぜ、ご婦人。


「あれー、隊長、あの後ろに並んでる女性。隊長がこないだ口説いてた女でやんすよね!」


 ヴェガが俺より後方に並ぶゴシックメイド風の上半身に、魔法使い風の可愛らしいスカートを身につけた子が並んでいる様子に気づく。嗚呼、あの喫茶店で会ったお嬢ちゃんか。あの時と同じ黒猫も一緒のようだ。


「ん、おお、あの冒険者のお嬢ちゃんか。そういやこないだも喫茶店でケーキ食べてたもんな。甘い物好きなんだな……って、あれは口説いていたんじゃねーからなっ……」

「ご主人様、どういう経緯か、後程説明してもらいましょうか?」


 獅子座の守護者さんよ、顔はにっこりスマイルですが、目が笑ってないですよ? 先程までフリフリしていた尻尾も妖気を嗅ぎ付けたかのようにピンと張ってますし。


「サンストーン、お前が思っているような事情ではないから分かってくれ」

「次お待ちのお客様どうぞーー!」


 ウエイトレスからの助け船により、この場を乗り切る事が出来た俺なのである。




「これは……うん、凄いな」

「凄いっす、こんなパンケーキ、見た事ないっす!」


 眼前の卓上に未確認食物(※注意:パンケーキです)が最終形態として、二段階変形を遂げ顕現している。

 俺の前には甘々のチョコレートを溶かしたソースと蜂蜜をたっぷりかけた二段の塊、中央には白いアイスが載っている。副隊長ヴェガの前には黄色いそれ・・・・・、サンストーンの前には赤いそれ・・・・だ。


「これがパンケーキという概念を創星規模で超えた芸術作品。ただ、ジャムやバターを塗るだけだったパンケーキのスポンジを柔らかく食感まで愉しめるように創り変え、甘酸っぱい星苺スターベリーを黒砂糖と共に果肉の食感が残る程度に煮詰め、ソースとしてデコレートした至極の逸品。これが異文化と見事に融合を果たした最高傑作ですわ」

「サンストーン……お前そんなに饒舌だったんだな」


 冷静沈着な侍女という彼女は、至極の逸品と呼ばれる食物に口から雫を零す、尻尾をフリフリさせる可愛らしい乙女へ進化を遂げていた。スターベリーソーダという泡を大量放出している果実水と一緒に食す事が異世界スタイルらしい。


「しかしまぁ、女性率が高いな……」


 既に客席は満席。冒険者風の人間に、貴族。猫耳人キャッツ犬耳人コボルトなどの獣人族に、エルフやオーガなどの亜人。種族や身分は様々だが、九割は女性客。光輝く宝石を前にして高揚するかのようにナイフとフォークで眼前の最高傑作を嗜んでいる。


「ほらーー、ルルー、せっかく並んだのに食べないの~~? 僕がルルーの分も食べちゃうよ~~?」

「そうして下さいませ。わたくしは気分が優れませんの」


 奥の席に座る幼女と貴婦人。嗚呼、あの日傘が似合っていた貴婦人は俺と同じ立場なんだな。同情するぜ。


「ねぇカークン? なんだか熱くない?」

「え? そそそうかな?」


 窓際に座る町娘と青年のカップルは何故か下半身をモジモジさせているな。あれは恐らくデートでこの店を選んだが、互いに緊張して言葉が出ない口だろう。ん? その隣に座っているパンケーキを食べさせ合う兎耳人は、互いの顔を近づけ、恍惚そうな表情をしている。訝し気に俺が周囲を観察していると、ウエイターらしき若い男が水を持って来た事で我に返る。


「お水の御代わりいかがですか?」

「ん、嗚呼……俺は遠慮しておくよ」

「水が無料って凄いっすねーー! いただくっす!」

「お願いします」


 水が無料は恐らく異世界から取り入れたサービスなんだろう。ヴェガとサンストーンはウエイターより水の御代わりを注いで貰う。そして、水を口に含もうとしたサンストーンが手を止めた。


「ヴェガ、飲んではダメ!」

「うぇっ!? 何すかっ!?」


 ヴェガがグラスを床に落とした事で破片が飛び散り、客がこちらへ注目する。


「す、すまないっすーー」

「御心配要りません。すぐにお取替え致しますね」


 素早く床に飛び散った破片を掃除し、水を取り替えるウエイトレス。さっきのウエイターは……ホールの隅で水を入れた容器ポット持って待機している。


「……全く、せっかくの至福の時間。邪魔しないで欲しいですよね、隊長」


 突然背後から聞こえた声に思わず後ろを見ると、ちょうど背中合わせの席にあのお嬢ちゃんが座っていた。


「あんた、あの時のお嬢ちゃんじゃねーか」

「隊長。説明は後でさせていただきます。合図と同時に三秒、目を閉じていただけますか?」


 このお嬢ちゃん、何を言ってるんだ?


「時間がありません。窓際の子達が暴走・・を始めてしまいます」


 彼女が顎で軽く視線をやった先、窓際のカップルの様子が明らかに異常だった。呼吸も速く、頬も紅く染まり、女の子は蹲った状態でスカートの裾を掴み、男も蹲っている状況だ。しかもその異変に気付く事なく、周囲のお客も自分達の世界へ・・・・・・入ってしまっている。


「分かった。目を閉じればいいんだな」

「お願いします、三、二、一」


 目を閉じた瞬間、静寂が訪れる。無音。いや、全ての感覚を失ったかのように、音も香りも感覚も何もかもが〝無〟となる。彼女は一体、何をしたんだ?


「……終わりましたよ?」

「え? 嗚呼……」


 再び双眸を開けると、先程まで具合を悪そうにしていたカップルは互いの顔を見合わせ正気を取り戻し、顔を寄せ合っていた兎耳人バニーも、自分達の世界へ入り込んでいた者達も、我に返ったかのようにキョトンとした顔をしている。


「隊長、後はお任せしてよろしいですか?」


 彼女が視線で合図をする。あの水を注いでいたウエイターが厨房へ入ろうとしていた。俺の様子に気づいていたのか、守護者との意思伝達で『ご主人様、会計は私が済ませておきます』とサンストーンが俺に念話を通す。


「サンストーン、後は頼んだ」

「た、隊長、どこ行くんっすか?」

「すぐ戻る!」


 俺は裏口から逃げようとしているウエイターを目視で確認し、店外へと飛び出した。


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