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Ⅶ 女神の祝福 27 クレイ・アクエリアス① ラピス教会

 激しい銃声が木霊する。

 華奢な手を強く握り、僕は撥ねる泥水をそのままに爆撃から退避する。


「おにーちゃん!」


 眼前の建物が吹き飛び、ミルク色の華奢な手が離れてしまう。僕達に気づいた大男が妹の髪を掴み、拘束してしまう。


「ナンダァ~~、こんなところにまだ餓鬼が残っていたカァ~~」

「や、やめろ! 妹を離せ!」


 僕は抱えていたライフルの銃口を大男へ向ける!


「そんな大きな銃。餓鬼が扱うモンじゃねーよ! 震えてるじゃねーか」

「来るなっ! 撃つぞ!」


 妹の髪を掴んだまま、舌なめずりをし、ゆっくり近づいて来る男。妹を僕が守るんだ! 僕は両手いっぱいに構えたライフルの引鉄を引き抜く。僕の身体が後方へ吹き飛ぶと共に、大男へ向け放たれる弾丸。しかし、弾丸は大男の腕を掠めるのみ。


「残念だったナァ、餓鬼。お前が俺様へ銃を向けたせいで、妹はあの世逝きサァーー」


 大男は口元を横に広げケタケタと嗤い、妹の頸元へナイフを突きつける。


「おにぃ……ちゃん……助け……」

「やめろぉおおおおおおおお」


 荒廃した世界に美しく残酷に咲く真っ赤な花火が舞い……。


 そこで目が覚める。

 一人で眠るといつもこうだ。忘れる事の出来ない転生前の記憶。

 ベットから起き上がる僕は両手を見つめる。

 あの時放った銃の感触は今でも覚えている。妹の手の温もりも。


「咽喉が渇いたな……」


 ――僕の渇きを潤してくれる誰かは、この世界に存在するのだろうか?


「……今日の夜は誰かの家に泊まるか」


 僕は朝の支度をして、家を出る。



********


「クレイ兄ちゃん、いらっしゃーーい」

「お兄ちゃん、一緒に遊ぼう!」

「クレイ、私みたいなレディを待たせといて、遅いわよっ」

「バウ、バウバウバウ!」

「待ってた……」


 教会の敷地へ入った僕の姿を見つけるや否や、庭で遊んでいたあどけない表情の子供達が駆けて来る。庭の奥では今教会のシスターセピアが掃除をしている。褐色肌の元気な男の子、猫耳の白猫幼女、ワンピースを着た金髪の女の子、わんぱく狼少年、兎耳のおしとやかな女の子。皆この教会で暮らしている子供達だ。


 子供達と戯れていると、シスターセピアが僕に気づき、こちらへやって来る。


「クレイさん、いらっしゃいませ。ジス先輩は今飼育場ですよ?」

「ありがとうセピア。相変わらず琥珀色の髪と瞳が綺麗だね」


 修道服へかかる長い琥珀色の髪を撫で挨拶をする僕に、頬を赤らめるセピア。すると、背後から子供達の抗議が聞こえて来る。主に女性陣こどもたちから。


「あーー、セピアお姉ちゃんの顔が真っ赤ーー!」

「もうーー。クレイ、私という存在が居ながらまたセピアを口説いてる!」

「女垂らし……」


 僕の白いズボンの裾を掴み、抗議の声をあげる子供達に苦笑する。


「もうーー、揶揄わないの。クレイさんも困っているでしょう?」

「主に困っているのはセピアのような気もするけど……」


 林檎色に染まるセピアの反応を堪能しつつ、僕はジスこと、アメジストが居る飼育場へと向かうのだった。



 ラピス教会セントレア支部。女神信仰である極創星世界ラピスワールドには、各国にラピス教会が点在している。各国の政府機関とは完全に独立しており、同じく独立した組織である冒険者ギルドと同等の力を持っている。司祭やシスターは、回復魔法や治癒魔法といった聖属性魔法に長けている者が多く、魔物によって傷を負った冒険者や市民の治癒、国家機関へ回復士ヒーラーの派遣など、国毎に様々な役を担っている事が多い。


「ジス、居るかい?」


 アメジストの代わりに動物達の鳴き声が出迎える。どうやら此処・・には居ないらしいな。 飼育場には彗星牛コメットカウ星乳牛ラピスタイン早起き鶏モーニングバードなど、教会に住む者達が生活出来るように様々な動物が飼ってある。


 元々はセントレア支部の教会を創った先代の神父が、荒廃した街で家族を失った子供達を引き取り、育てるために創ったのが始まりらしい。今ではジスを中心に、教会に務めるシスター達が世話をしている。


「自給自足が出来ているだけでも、僕の住んでいた国よりまだ恵まれているのかもしれないな」


 表向きは、だけどね。と僕は独り言へ補足する。教会の資金繰りは中央の教会でもギリギリだ。政府機関と独立している分、寄付金だけでは教会の運営資金を確保するのは難しい。だからこそ僕やジスのような裏方仕事・・・・を熟す存在が必要という訳なんだけどね。


「毎回この藁をどかす作業なんとかならないかな」


 彗星牛の餌になる藁の山をどかし、隠れた壁に手を翳す。壁が波紋のように揺れ上昇し、階段が出現すると、僕は地下の実験施設へと向かう。


「アメジスト、せっかくの服が藁まみれなんだけど」

「あら~~、貴方の水で洗えばいいじゃない、クレイ」


 普段被っている修道女のベールを取り、試験管のような物に液体を入れて作業をしている女性。いつも束ねてベールの中へ隠してある彼女の髪は、神秘的かつ妖しさを投影したかような腰までかかる紫色バイオレット紫石アメジスト色の瞳を細め、彼女は僕へ微笑みかける。


「それにしてもこの部屋の血生臭さ。なんとかならないかな? 飼育場の動物使って血清・・作るのはいいけどさ、僕の水でも血の臭い取るの大変なんだからね」


 地上の飼育場とは一転、色んな液体が入った試験管や医療器具、動物一体入れるような巨大試験管まで用意された巨大実験施設。此処でアメジストは、自身が創り出す毒の効果を試す、血清を作るといった動物実験をしているのだ。


「クレイの水なら香りを浄化する・・・・・・・なんて容易いでしょ? ちょっと面白いが出来たんで試していたのよぉ~? これを使ったら、混沌胡椒カオスペッパーなんて子供騙しにみえてくるわよ?」

「ふーん、そう。まぁ、あんな媚薬紛いの麻薬なんて使わずとも、僕は女の子一人落とすなんて容易いけどね」


 とある魔族がばら撒いている混沌胡椒。最近は闇市場で手に入れた冒険者が暴走する事件が多発しているのだ。遂にアルシューン公国王家直轄機関であるスピカ警備隊も出動する事態となっている。


「つれないわねクレイ。まぁいいわ。で、首尾はどう?」

「恐らく決行は三日後、アレキサンドル第一王女の生誕祭当日のパレードだろうね」


 淡々と集めた情報を基に導き出した結論を述べる僕。バルログ家のティラミス姫暗殺の失敗、グレイグ家エスプレッソ侯爵、ガーラン卿ことドリップ侯爵の失脚。最早後ろ盾を失ったクーデターを企てる者達が、反旗を翻すに持って来いの日、それが国民が一番注目しているパレードの日だった。


「やはりそうなのね。じゃあ私達も準備しましょうか、クレイ。あ、ご飯持って来てくれた?」

「嗚呼、パンとミルクならここにあるよ。お腹も空いているだろうしね」


 そういうと実験施設の奥へと進むアメジストと僕は、牢獄のような部屋が並ぶ場所を進む。この施設は昔、異端者を捕え、投獄するために造られた施設らしい。忘れられた施設をアメジストが自身の実験施設として改造し、今に至る。


「お待たせ~~。元気にしてたぁ~~?」

「ご飯を持って来たよ?」


 牢屋の鍵を開け、中に入ると、手枷、足枷により自由を奪われた少女が震える声を絞り出す。


「……こんな事をして……どういうつもりですか……!?」


 眼鏡を掛けたみすぼらしい格好を装った・・・彼女は、怯えるような、しかし冷たく蔑むような表情でアメジストと僕を交互に見るのであった。

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