「ハルキ、起きなさい。ハルキ」
「ん……ガーネット、もう朝かい?」
皆が寝静まった頃、お姉さんの声に目を覚ます。隣のベッドでは、パフェが可愛らしい寝息を立てて眠っている。
「出掛けるわよ」
「え、こんな時間に?」
寝惚け眼で上半身だけ起こす俺。ガーネットは俺を誘惑する訳でもなく、既に白いフードを被り、出掛ける準備を終えていた。
「恐らく時間がないわ。昼間私が香りをつけた相手は彼女だけではなかったの。今日捕まった貴族の背後に魔族が潜んで居るわ」
「な、なんだっ……んぐっ!」
思わず声をあげようとした俺の口を押さえ込むガーネット。
「王女様は私が眠らせてあるから大丈夫だけど、誰かに気づかれると不味いわ。急ぐわよ」
「ごめん、急いで準備する」
寝間着姿から着替え、裏のバルコニーよりそっと外へ出る。ガーネットによると、どうやら昼間捕まった貴族は、隣の領を治めていたらしく、彼が捕まった事で魔族なら証拠隠滅する可能性があるとの見解だった。
「夜中に馬車なんて手配出来ないから、
彼女が言葉を紡ぎ、掌を翳すと、星の輝きに導かれし白銀の翼を携えた大鷲が、俺達の前へと顕現する。
「目的地は此処より東の地、イースティア地区よ」
「了解!」
俺達を背中へ乗せた大鷲は、白銀の翼をはためかせ常闇の中、大空へと羽ばたいた。創星の守護者は、それぞれ眷属となる
高層ビルも観光名所となるようなタワーもない。遮蔽物がない夜空を飛行すると、輝く宝石箱を独占出来る。あちらの世界では決して体験する事が出来ない星の運河。星に見守られつつ体感する一時の星間飛行。この世界は混沌としているが、俺はまだまだ捨てたモンじゃないと思っている。
「今度、芽衣とも一緒に星間飛行を……痛っ」
思わず芽衣の名前を呟いたところで、
「こんな綺麗なお姉さんと一緒に居るんだから、思っていても他の子の名前を出さないの。それに今は任務中よ?」
「そうだね、それはごめん」
確かに、それは失礼だったかもしれない。しかも、闇に潜む者を追跡している最中。美しい景色に思わず任務を忘れてしまっていた。この星空を護るためにも、俺は頑張らないといけないな。
白銀鷲による高速移動により、イースティア領迄はあっという間に到着した。ポツポツと光る街並みを上空より眺めつつ、森を抜けた先、街外れの広大な敷地に構えるドリップ・アルベルト・アルシューン侯爵――ガーラン卿の屋敷を目指す。そこで事件は起きる。
「なっ、今のはっ!?」
「白銀鷲、急いで!」
森の向こう、屋敷がある筈の場所が紅く一瞬光ったのだ! しかし、可笑しな事に、何かに遮られているかのように、紅い光は見えども、一切の轟音や爆風のような異常が届けられる事はない。まるで紅い光が幻だったかのように、唯々夜の
「あれは、一切の
「屋敷がないわっ!?」
従者が百人は居ると言われるガーラン卿の屋敷が、跡形もなく消し飛んでいたのだ。真っ新な大地は漆黒に染まり、残るは僅かに燻っている炎のみ。結界の外、面影に隠れるようにして下降した白銀鷲より飛び降り、森へと着地する俺とガーネット。
「行くぞ、ガーネット」
「待って、あそこ!」
真っ新な大地の奥、揺れ動く影が一瞬視える。漆黒の影は捥げた人間の腕らしきものを月光へと翳し、滴り落ちる雫を長い舌で舐め取る。
「――痕を遺してしまっては主に何と言われるか分からんからな。これは俺様がいただこう」
静寂の中、骨と肉を噛み砕く咀嚼音。人の命を何とも思わない魔の存在を目の当たりにし、腸が煮えくり返る思いで俺は自身の槍へ炎を灯す。
「そこまでだ! 諸悪の根源!
槍先より凝縮した灼熱の炎を放出し、漆黒の影へ向けて弾丸のように放つ! 影は燃え上がり、正体を現す……かに見えたのだが……!? 屋敷を覆っていた結界に阻まれ、
「ほぅ、その炎……中々いいものを持っているな。だが、遅かったな」
俺の炎により一瞬影の姿が照らされる。炎の壁の向こう、映し出された姿は、紫色の長い舌を出し入れし、口元についた紅い血をそのままにニヤリと嗤う黒ジャケットの男。トルクメニアにて捕えた商人アカバンと取引をしていた男と同一人物であった。
「お前達がどう足掻こうが、主様へ届く事はないだろう。さらばだ」
「ま、待て!」
俺の炎が男へ届く事はなく、屋敷を覆っていた結界の消失と共に、男は姿を消してしまう。
「上級魔族の転移魔法。追う事は不可能よ。結界のせいで〝香り〟をつける事すら適わなかったわ」
あと一歩早く辿り着いていたなら、罪もない者達の命を救う事が出来たかもしれなかったのに。歯を軋ませ、自身の不甲斐なさを悔いる。
「くそっ、主人である侯爵が闇と繋がっていたとしても、罪もない女子供だって居た筈だ」
「ハルキ、私達だけで世界の闇全てを晴らすには限界がある。だからこそ、私達に出来る事をやりましょう」
俺の心を見透かすようにガーネットが手を添える。彼女の声に落ち着きを取り戻す俺。ともかく分かった事がある。俺達がトルクメニアで追っていた上級魔族は此処アルシューンに潜む闇とも繋がっていたのだ。
「ガーネット、ありがとう。やるべき事は分かったよ。俺は奴を許さない。奴の背後に潜む
「そうね、ハルキ。ひとまず今日は宿へ戻りましょう」
こうして事件現場を後にする俺とガーネット。翌日、アルシューン公国のスピカ警備隊によって事件は発覚し、国中へと波及していく事となる。そして俺は、あの運命の日を迎える事となるのであった。