「いらっしゃいませーー! 何名様ですかー?」
入口の扉を開けると心地いいドアベルの音が鳴り響き、元気の良いメイド服の女の子が出迎えてくれた。カウンター奥でマスターが引き立ての珈琲を淹れており、こちらを見て軽く会釈をしてくれた。
「三名です」
「あちらの席へどうぞーー」
マスターの淹れる珈琲を直接視て愉しめるカウンター席とテーブル席、ゆったり談笑出来るふかふかのソファー席。店内は高級品である珈琲が嗜めるお店とあって、貴婦人や貴族らしき客も多かった。
「お、サウスドリーム産の豆もあるのか。へぇー、他国から取り寄せた豆もブレンドしてあるんだな」
通常中々手に入らないアルシューンがある大陸から海を隔てて南に位置する火山島アプロニア産の貴重な豆まで用意されている。ここのマスターは相当こだわりがあるとみえた。
「ハルキさん、お金出しますから、このチョチョチョチョチョコレートケーキを頼んでもいいですか?」
「ちょっとパフェ、動揺しすぎよ」
どうやらこういうお店が王女様は初めてらしく、メニューを持つ手が震えている。あ、口元から煌めく雫が……。
せっかくなので、俺はアプロニア産の珈琲。ガーネットはマスターお薦めブレンドとチーズケーキ、パテギア王女はアルシューン産の紅茶とチョコレートケーキのセットを注文する。
尚、俺達が護衛についているお礼としてパテギア王女が資金を提供してくれるらしく、珈琲――ラピス銀貨一枚、ケーキ――ラピス銅貨五枚という高級品を今回堪能する事が出来た。
「なぁ、ガーネット。分かったのか?」
「いえ、魔族の
小声で会話する俺と
「あ、メイさんいらっしゃい。黒猫さんも!」
「!?」
「まさか!?」
メイド服の女の子が彼女へ駆け寄る。黒猫と佇む彼女は世界に絶望した表情でも、悲哀の表情でもなく、思いの外笑顔であった。その姿に時が止まったかのように釘付けとなる。
銀河のように煌めきを放つ美しく長い銀髪。ライトグリーンに煌めく瞳は宝石を埋め込んだかのよう。生前の姿とは似ても似つかない。だが、俺はすぐに分かった。彼女こそ、俺が探していた女性――栗林芽衣その人である、と。
「……トルマリン」
ガーネットが呟いている。どうやら彼女も気づいたようだ。もしかして近くに居た魔族の気配は、芽衣と黒猫の事だったのか?
「ハルキさん、どうしたんですか?」
「え、あ、嫌、なんでもないよ」
パテギア王女に声を掛けられ我に返る俺。どうやら意識が銀河へ果てへとデカルチャーしていたらしい。彼女の事が気になりつつも平静を装っていると、注文した品がテーブルへと並ぶ。
「お待たせしましたー! ご注文の品はお揃いでしょうか?」
「あ、嗚呼。ありがとうございます」
「ごゆっくりどうぞーー」
よし、一年振りの再会を祝して、眼前の嗜好品を堪能しようと思う。王女は早速チョコレートケーキという嗜好の逸品を口に含み、両手を頬に当てて双眸を宝石箱のように輝かせていた。
「これは……!」
ひと口含んで独特の酸味と苦味、後から広がるコクを堪能する。成程、サウスドリーム産の珈琲よりも後からガツンと来る味。これはなかなかの逸品だ。
「この珈琲、焙煎の熱が全体へ行き渡るよう見事に熱源を調節しているね。火創星魔法を使った焙煎機は加減とタイミングが難しいんだ。焙煎とは化学反応。豆は生きているからね」
「へぇーー。お客様分かるんですか?
彼女に出逢えた喜びと新たな珈琲との出逢い。つい饒舌に語る俺をガーネットがフォローする。
「ごめんなさいねウエイトレスさん。彼珈琲には目がないのよ」
「いえいえ、商品を褒めていただいて嬉しくない店員は居ませんから! ごゆっくりお寛ぎ下さいね」
こうして、俺は至福のひと時を過ごす事になる。しかし、その時も長くは続かない。突然、アルシューン公国の警備隊隊長を名乗る者が訪れたのだ。しかも、お客として店内に居た貴族を捕らえようとしている。
警備隊の騎士達へ促されるまま店の外へ追い出されてしまう。嗚呼、俺の至福のひと時が……しかも芽衣が中から出て来ない。規制線の外、人だかりに紛れていると、店の窓が突如爆発する! 窓硝子が飛散すると共に何かがたまたま居合わせた女性の足許へと転がる。
「え……?」
「きゃあああああああああああ!」
女性の悲鳴を合図に逃げ惑う人々。俺は咄嗟にパフェの双眸を手で覆う。
「おい! マジかよ!」
「皆さん、危険ですからここから離れて下さい!」
店内に居た貴族らしき男が飛び出し、騎士達が後を追う。どうやら何らかの事件に関与していたのであろう。それより今は店内の芽衣だ。ガーネットが耳元で『今は目立つ動きをしない方がいい』と告げる。王女様の護衛もしている以上、彼女の判断は正しかった。
「店内の騎士を今すぐ教会へ運んで下さい。応急措置はしていますが、怪我をしています。私は犯人を追います! ガーラン卿はどちらへ?」
入口付近に居た騎士へ声をかけ、芽衣が飛び出して来た。彼女の無事を確認しただけでも安心だ。彼女がこの街に居る。これが分かっただけでも収穫だった。それに……。
「ええ、大丈夫よ。
こういう時、俺の
混乱の中、俺達は一旦宿へと戻る。アルシューネ到着初日から事件に巻き込まれるとは思わなかった。
「あの……ハルキさん。あの綺麗な髪の女性……お知り合いなんですか?」
「嗚呼、昔の知り合いなんだ」
宿屋で王女様が俺に尋ねる。この世界へ転移した話など、信じてもらえないだろうから、幼馴染で離れ離れになってしまって居た相手だと説明した。
「もしかして、ハルキさんはあの子の事……」
「ん?」
後半パテギア王女が小声になっていたため、聞き返すと、彼女が慌てふためいた様子で両手を前へ出す。
「いえ、何でもないです。でも
「そう、だね。ありがとうパテギア姫」
「ここではパフェですよ! ハルキさん」
「そうだったね、パフェ」
そんな俺と王女様の様子を見てガーネットは優しく微笑むのであった。