目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
22 栗林芽衣 邂逅④

 街へ戻った私とトルマリンは、昨日爆発事故が起きた喫茶ショコラの様子を見に来ていた。


 昨日飛散した硝子は掃除され、店長マスターとウエイトレスのマイ、普段裏方をしている狼男ゴンタ、猫耳のウエイトレスルルと従業員総出で補修工事をしているようだった。


「あ、メイさーーん! 昨日はありがとうございました!」

「マイちゃん。あの後大丈夫だった?」


 影からうちの黒猫が見張りをしていたのだが、素知らぬ振りで私はウエイトレスのマイへと尋ねる。


「ええ、警備隊の騎士さん達も夜まで護衛して下さっていて大丈夫でした」

「そう、それはよかった。お店は再開出来そう?」


 お店の再開が心配だったため、質問すると、窓があった場所を木の板で補修していた狼男がこちらへやって来た。


「お、メイの姉貴! 窓は板で補修したぜぃ。明日には再開出来るぜぃ」

「仕事が早いのね、ゴンタ。安心したわ。私も此処の珈琲が飲めなくなると困るもの」


 木の板での補修は心許ないが、お店は再開出来るようだ。猫耳のウエイトレス、ルルが店内を気忙しく掃除している様子が垣間見えた。


「お店、再開出来るんならよかったです」

「あ、昨日のお客さん!」


 フードを被った見覚えのある青年。フードの隙間から赤い髪が見え隠れしている。昨日珈琲を熱く語っていた女性二人と一緒に居たご新規さんだ。


「昨日突然爆発が起きたんで、心配したんですよ。俺は冒険者で、たまたまこの地を訪れていたんです。お店の事が気になって来ました」

「わざわざありがとうございます。明日には再開出来ますので、暫く滞在されるのでしたら是非、お立ち寄り下さい」


 店長マスターが直々にお礼を言う。どうやら隣国よりたまたま・・・・訪れていた冒険者だったようだ。街の向こうに迷宮ダンジョンも存在するため、冒険者がこの地を訪ねる事は日常だ。


「え……あ、貴女も確か昨日喫茶店へ居た方ですよね?」


 私の視線へ気づいたのだろう。青年がフードを取り、私の傍へと近づいて来た。


「ええ、貴方と一緒よ。店の様子が心配だったから、こうして訪ねて来たという訳」

「そうだったんですね。あ、俺の名はハルキ・アーレスと言います。隣国トルクメニアから来ました。よろしくお願いします」


 床で毛繕いをしていた黒猫が一瞬ハルキの名前に反応したように見えた。

 冒険者のハルキが手を差し出すが、私は軽くそれをあしらう。


「私はメイよ。ごめんなさいね。初対面でよろしくされるような心の広い人間じゃないの」

「ハハハ……それはきついな」


 苦笑するハルキ。そんな彼の様子に何故か既視感を覚えるのだけど、この刻の私はその理由が分からなかった。


「ハルキさん。メイさん美人さんだから、言い寄る男が多いんですよ」

「マイちゃん。そういうの要らないから!」


 マイがフォローを入れるものだから、私は慌てて彼女を止める。


「よかった。機械人形みたいな方だと困っていたところでしたが、恥じらう感情はお持ちのようだ」

「で、そういう貴方は、女の子二人連れていた筈だけど? 彼女をほったらかしでいい訳?」


 双眸を細め、彼を追及すると、彼はそっと肩を竦める。


「あ、今日二人とは別行動さ。彼女じゃないよ。冒険者の仲間パーティだからね」


 彼が戦士で、お姉さんに見えた女性が魔導士、女の子は回復士ヒーラーらしい。バランスの取れたパーティだと言える。今日は別行動で、女性陣二人は観光をしているらしい。


「そう、じゃあこの国を楽しんで行くといいわ。私はこれで失礼するわね」


 彼との会話を終え、店を出ようとする私。


「あ、メイさん。ありがとうございました! また来て下さいね! 次回はサービスしますので!」

「ええ。また来るわ。店長マスターも気を落とさないでね」


 カウンターの店長が会釈をし、ゴンタとルルも私を見送る。


「じゃあ俺も此処で失礼しますね。また来ます」


 彼が私を追うかのように慌てて外へ出た。




 メインストリートから裏路地へと移動し、立ち止まった私は、背後に付いてくる青年へ問い掛ける。


「で、私に何か用?」

「え、いや……」


 先程とは打って変わって何故か狼狽したような態度を取る青年。何か後ろめたい事でもあるのだろうか?


「何か言いたいのならはっきり言えば?」

「え、嗚呼。今日はいい天気だなってね」


 突然、空を見上げる青年。身振り手振りがチグハグだ。


「そう、若干曇ってる気はするけど」

「そうじゃなくて……」


 相手の態度がはっきりしないなら、私から問い質す事にしよう。


「じゃあ、私から質問するわね。昨晩イースティア領、ガーラン卿の屋敷で何をしていたの?」

「え?」


 青年の表情が変わる。


「見つけたのは偶然、索敵のために魔力の残滓を追っていた。すると屋敷の傍の森で貴方とパートナーらしき残滓を見つけたの。昨日喫茶ショコラで貴方達を視ていたからすぐに気づいたわ。貴方、ただの冒険者じゃないわね?」

「……そうか。君も首謀者・・・を追ってるんだね。悪を裁く〝審判の魔女〟の存在は本当だったんだな」


 どうやら彼は私の正体を知って接触して来たらしい。では、目的は?


「解答によっては貴方を審判しなければならないわ。貴方、何者?」

「勘違いしないでくれ。あの地へ向かった目的は恐らく君と同じだ。俺が訪ねたトキには既に屋敷は消し飛んだ後だった」


 もう少し、彼を見極める必要がある。


「答えになっていないわよ?」

「俺の国でも最近闇の動きが活発になっている。俺も背後に潜む影を探しているんだ。偶然事件に遭遇してしまったからね。昨日あの地へ訪れた。けど、今回の旅の目的はそれじゃない!」


 先程までの狼狽していた彼とは違う、決意を表情を見せている。


「じゃあ何? 観光? それとも迷宮の素材か何かかしら?」

「……君だよ」


 え? こいつ、今何て言ったの? 彼は続けた。


「審判の魔女が何者か知りたかった。そして、こうして出逢ってはっきりしたよ。ずっと探していたんだ。君を! 栗林芽衣・・・・を!」

「待って……どうしてその名を」


 この世界でその名を知っている者は守護者であるトルマリンだけだ。黒猫は私の横で彼の動きをつぶさに観察している。


「知っているさ。ずっと君を見て来たから。俺は君と同じクラスに居た橘悠希だ! 君が死んでしまって、世界に失望した。そして、君を追ってハルキ・アーレスとして此処へ来た!」

「……消えて」


 思考が定まらない。私の口から咄嗟に出た言葉は意図したモノではなかった。どす黒い渦巻く感情が身体中を蝕む呪いのように蠢いている。


「な、何を言って……!?」

「私の前に二度と現れないで! トルマリン!」


 私の呼び掛けに応じ、黒猫は転移魔法を展開する。そして、その場から私と黒猫は姿を消すのだった。


「待って! 芽衣! まだ俺の気持ちを伝え……」


 誰も居なくなった路地裏で、私が居た場所を黙って見つめ、やがて私の同級生だと告げた青年は、ただただ虚空を見上げるのだった――――


コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?