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Ⅴ スピカ警備隊 19 栗林芽衣 邂逅①

 月下の来訪者と接触して数日が経った。


 ある日の昼下がり、毛繕いをしている黒猫へ私は問い掛ける。


「ねぇ、トルマリン。あのアメジストとかいう守護者とは知り合いなの?」

「嗚〃、奴ハ此ノ国デ暮ラス守護者ノ一人。種族ハ上級魔族・・・・ダヨ。契約シタ相手ハ人間・・ダガナ」


 成程。アメジストは上級魔族、クレイは人間という訳ね。

 悪魔が稀に進化する、或いは特殊条件・・・・を満たす事で上級魔族としての悪魔が生まれる。


「最低でも私と同じ・・・・上級種ラストグレイド以上って訳ね」

「ソウイウコトニナルナ」


 魔物には階級が存在する。主に人間が相手の強さを測るために作ったものとされるが、初級種ラブグレイド低位種ローグレイド中位種ミドルグレイド高位種ハイグレイド上級種ラストグレイド魔王級種ロードグレイドの六種。


 上級種とは、その気になれば一国を滅ぼす力・・・・・・・を持つと言われる強さを持つ。つまりクレイとアメジストの目的は私達の殲滅ではなかったと考えるべき。


「恐らく目的は警鐘・・ね」

「心配せずとも、いざと言う時は我が守るさ、姫」


 私の背後に廻り込んだ黒猫エロ猫がいつの間にか青年姿で顕現し、私の首筋を舐め……。


「ひゃぅんっ!」


 思わず素っ頓狂な声をあげてしまう私。


「姫の首筋は甘いミルクのような蜜の味」


 この後、青年トルマリンの顎へ私の拳がクリーンヒットした事は言うまでもない。



********


 アルシューン公国――王都アルシューネの中心セントレア地区。国の中心だけあって、城へ続いている街のメインストリートは住民や冒険者達で賑わっている。貴族達が嗜む服飾品の店から冒険者達が集う武具や道具屋、魔法具マナファクターの店まで、多岐に渡る店が並ぶ。


 私とトルマリンはとある店・・・・へと向かっている。普段、表社会で生きている間、私とトルマリンは人間の冒険者として生活をしている。街外れにある迷宮ダンジョンで狩りをしつつ、素材として手に入れた物を換金する。審判・・のない日はこれが日課となるのだが、今日の目的地は違う場所となる。


 メインストリートを暫く進み、全体が煉瓦調の趣がある店が見えて来る。入口の扉を開けるとカランカランと鈴が鳴る。店内は既に貴婦人を彷彿とさせる女性や、自慢の髭を整えた大男。魔力糸で織られた正装を着こなす猫人と、上流階級の者達が嗜好品・・・を嗜んでいた。


「あ、メイさんいらっしゃい。黒猫さんも!」


 水色マリンブルーと白が基調の英国風メイド服。暗めの茶髪ダークブラウンヘアーのボブが良く似合うこの女の子は、この店人気のウエイトレスだ。


マイ・・ちゃん、いつものお願いね」

「はい、かしこまりましたーー! あちらの席でお待ち下さい!」


 ウエイトレスのマイが、カウンターのマスターへ注文を伝える。閉じているか開いているか分からない細い目で笑顔を見せる蝶ネクタイのマスターが準備に取り掛かる。焙煎された豆のいい薫りが店内へと漂って来る。何度来てもこの薫りは心地いいものだ。


「珈琲ヲタシナムアクマ、滑稽ダナ、メイ」

「そういう貴方はホットミルクを嗜む死神でしょ?」


 脳内へ直接語りかける黒猫トルマリンへ小声で言葉を返す私。このお店は上流貴族が嗜む喫茶店のようなお店だ。まだ私がこの世界へ来たばかりの頃、メインストリートを散策していた際、たまたま見つけたお店。


 喫茶ショコラ――初めて訪れたトキ、生前愉しんだ味を堪能出来る貴重なお店に私は感動したものだ。


「お待たせしましたー。本日のコーヒーとチョコレートケーキ、黒猫ちゃん・・・には温めのホットミルクをお持ちしましたぁー。ごゆっくりお寛ぎ下さい」


 マイがテーブルへケーキと珈琲、床に座るトルマリンの前に銀皿へ注がれたホットミルクを並べる。満面の笑みでお辞儀をするウエイトレスは、奥の席へ座るお客様の注文を取りに向かっていった。


「我ハ雄ダ、チャン・・・デハナイ」

「いいじゃない、それだけ可愛いって思われてるんだから」


 トルマリンはいつもちゃん・・・扱いされる事が不服らしい。そう言いつつも満足そうに眼前に注がれたミルクをペロペロ舐める黒猫は、青年姿の時と違って可愛らしいものである。


「イツカアノ嬢ノ前デ青年姿ヲ晒シテヤロウカ?」

「そうすると困るのは貴方でしょう、トルマリン」


 黒猫と他愛ない会話をしつつ、珈琲の薫りを堪能する。ひと口含むとまず現れるは苦味と酸味、そこから旨味成分とコクが口腔内全体へ広がっていく。続けてチョコレートケーキへフォークを入れ、口へ含むと、珈琲の苦味とチョコレートケーキの甘味が見事な二重奏アンサンブルを奏で、私へ至福のひと時を提供してくれた。


「ん……」


 あまりの美味しさに、思わず声が漏れてしまう私。


「ドウシタメイ、顔ガホコロンデイルゾ?」

「……至福のひと時を邪魔しないでくれる?」


 私が黒猫を無視して至福の時間を堪能していると、何やらウエイトレスのマイが店奥に座っていたお客に呼び止められたようで会話が聞こえて来た。


「この珈琲、焙煎の熱が全体へ行き渡るよう見事に熱源を調節しているね。火創星魔法を使った焙煎機は加減とタイミングが難しいんだ。焙煎とは化学反応。豆は生きているからね」

「へぇーー。お客様分かるんですか? 店長マスター自慢の豆を特殊な焙煎技術で焙煎し、珈琲として提供しております。お客さん、通ですね」


 あのお客さんはご新規さんだろうか? あまり見た事のない顔ぶれだ。冒険者だろうか? 三人組唯一の男――フードを被った青年が熱弁を振るっている。よほど珈琲にこだわりがあるらしい。まぁ、ここの珈琲はラピス銀貨一枚の高級品。語りたくなるのも無理はないだろう。


「ごめんなさいねウエイトレスさん。彼珈琲には目がないのよ」

「いえいえ、商品を褒めていただいて嬉しくない店員は居ませんから! ごゆっくりお寛ぎ下さいね」


 青年の横に居た女性が謝罪すると慌ててウエイトレスのマイがフォローしていた。そんな時、喫茶店入口の扉が勢いよく開き、立派な白金の重鎧を身に着けた黒髪短髪、髭面の騎士が店内へと入って来た。背後より部下であろう騎士達が続く。


「おい、店長マスター。此処にガーラン卿・・・・・は居るな!」

「あ……貴方様は確か……!?」


 店内の客達がざわつき始める。その髭面の男、アルシューン公国では誰もが知っている存在であったからだ。すると窓際に座っていた大男が立ち上がり、店内を物色していた騎士へ話しかけた。


「儂に何かようかね? 余暇の最中だ、静かにして貰えるかな? 王家直属スピカ警備隊隊長、レオ・レグルス・・・・・・・殿」

「そうもいかないんだよ。グレイグ家、ガーラン卿。君に聞きたい事があってね?」


 店内が騒然となる中、隊長レオとガーラン卿が指先で自身の髭に触れつつ笑顔で相対した。


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