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α 閑章Ⅰ 17 ルルーシュ・プルート《月夜の晩餐》

 蝶ネクタイに整った燕尾服、羊頭の執事が大きな円卓へお皿を並べていきます。高い天井には輝くシャンデリア。豪華な金の装飾が施された椅子に座るワタクシ。


 いつもの日常、いつもの晩餐。


「ルルーシュ様、晩餐の準備が整いました」

「ご苦労様。戴くわ」


 透明感のある透き通った深紅のスープ。リコピーナのような酸味と独特の塩気が口腔内を満たしますの。


「このスープは新鮮で美味しいわね」

「お褒めいただき光栄です。ジューク様・・・・・が本日お持ち下さった採れたての食材を使用しております」


 褒められた事で会釈をする執事。続けて、いい焼き色の付いた脂身の乗った肉へとナイフを入れると、切れ目より赤身が現れます。程よい焼き加減ミディアムレアの肉を一口大に切っていき、フォークで刺して一口。舞台フロアにて奏でられる肉を噛み砕く咀嚼音。口腔内へ溢れる肉汁と欲望が脳内を満たします。


 存分に肉の味を噛み締め、フォークを置いたワタクシはひとこと。


「……憎しみ・・・が足りないわね」

「さ、左様でございますか」


 最後に残るは丸いガラスの容器に入った見た目桃のムースのようなデザート。食後のデザートを口に含みつつ、執事と会話を続けるワタクシ。


「どうやら収穫・・が予定より早まったらしいわね?」

「申し訳ございません。予定外の厄災による影響を受けたようで、幾つか収穫出来なかった肉もございまして」


 あら、ワタクシとした事が、つい魔力が滲み出てしまっていましたわ。ワタクシが醸し出す空気に気圧されたのか、執事の羊顔から汗が噴き出していますわね。今こいつの頸を刎ねても興にすらなりませんから、この程度にしておきましょう。


「そう。それでこのムースも大した味がしない訳ね。下がっていいわよ?」

「はっ、申し訳ございません。次はもっと収穫時の食材をご準備致します」


 執事がお辞儀をし、その場を後にします。するとこれまで黙って同じ円卓を挟んでワタクシの真向かいに座っていた幼女・・がワタクシへ話しかけるのです。


「ねぇねぇ、ルルーシュ! そんな美味しくないもの食べないで、これ食べなよ! 苺のパンケーキ、美味しいよ?」

「ワタクシは甘い物が苦手ですわ。そのデザートは、オパールのようなお子様が食べるものですわ」


 口元についた白い綿のようなクリームをペロリと舐め取り、幼女――オパールは口を尖らせます。


「え~~、そんな事ないよぉ~? 人間の国・・・・の若い女性の間で今流行ってるんだよぉ~これ!」

「パンケーキ? 一体それのどこが美味しいのか分かりませんわね。醜悪と欲望、憎悪に満ちた人間の脳味噌・・・・・・こそが一番の珍味ですわ」


 そうひとこと添えて、ワタクシは硝子の器に残った桃色の脳味噌ムースを口へと運びますの。椅子に座る床へ届かない脚をプラプラさせたまま幼女は首を傾げています。


「う~ん、ルルーシュの事は好きだけど、お食事の趣味だけは真似出来ないなぁ~。生き血のスープとお肉でしょう~それ~~。僕ぜったいたべるのむり! 食事はパンケーキとチョコレートだけでいいよぉ~」

「貴女とわたくし、食事の嗜好だけは相容れませんわね」


 普段接種する嗜好品の素晴らしさについて、オパールへ改めて解説してあげるワタクシ。


「オパール、生き血のスープは香辛料とこの国で採れるリコピーナ、眷属である魔族から抽出した闇属性の魔力まで籠められている。お肉も生き血も欲望に塗れ、闇に堕ちていった人間のステーキそれが上級魔族にとっては一番の美味となるのですよ」


 まぁ、本来上級魔族はこの世界に溢れる星屑スターマナを取り込んで生きているのですから、食事や排泄という行為すら必要ないのです。つまりこれは嗜み。人間からすると、ワタクシの食事もオパール幼女の食事も偏食・・と呼ぶのでしょうね。


「わかったわかった。僕食べたからもう行くね。ごちそうさま~~。あ、そうだ、ルルーシュ。今度人間の国にパンケーキ食べに行くんだけど、一緒に来る?」

「貴女ひとりで行けばいいでしょう?」


 ワタクシはここで食事が出来るならそれで満足ですわ。子供のおつかいに付いていく程ワタクシは暇ではないのです。


「でも、最近そのルルーシュがその、『たしなんでる?・・・・・・・』ってお食事も最近は美味しくないんでしょ? 人間の国に直接行ったなら、収穫時の人間しょくじにありつけるかもよ?」

「……何が言いたいのかしらオパール?」


 席を立ったオパールがワタクシの言葉に満面の笑みで振り返る。


「だって、厄災が起きるなら、果実なんてその前に摘み取ればいいじゃん! ジュークにやらせるだけじゃなくて、僕だったらそうするけどなぁ~」

「……フフフ。そうね、たまには余暇バカンスもいいかもしれないわね」


 そうね。ジュークは他の従者よりは優秀だけど、たまにはワタクシが自ら遊戯へ赴く事もいいかもしれませんわね。


「やったぁ~~。一人だと不安だったんだぁ~~。あ、でもパンケーキの店は一緒に並んでね」

「貴女、ワ、ワタクシに嫌いな物を食べろと言うの?」


 思わず椅子から立ち上がるワタクシ。口の中に甘い味が広がるだけで、ただでさえ蒼いワタクシの肌が余計真っ青になってしまいますわ。


「いいじゃ~ん、上級魔族様には死角がない事を証明してみせてよぉ~~?」

「死角なんてありませんわよ! オパール」


 こうしてこの日の晩餐は静かに幕を閉じる。ワタクシの名はルルーシュ・プルート、魔族が住む国――ルーインフォールト国にて守護者オパールと興を愉しむ上級魔族ですわ。


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